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目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(9)

 ブラックドラゴンが空の彼方へ消えてしまった後、私はプミラさんを家へ運んだ。
 クレアさんを叩き起こし一連の出来事を伝えると、彼女から能天気な表情が消えた。
 すぐにヤツを呼んでもらい合流する。事情を把握したヤツは全てを国王に報告すると言うと、箒にまたがり先に城へ飛んでいった。私達もその後をすぐに追う。
 プミラさんの傷は本人が唱えた回復魔法で塞がれた。でもそれは皮と皮を繋ぎとめただけのもので、ちょっと動くとすぐに傷が開いて血が流れる。
 だから城に向かうのでさえ慎重を要した。私は彼女を支えながら細心の注意を払う。
 世界を守る砦が消えたことは瞬く間に広がっていた。
 人から人、町から都市、国から国へ――このぶんだとこの世界全ての人に伝わるまでそう時間がかからなさそうだ。
 人々は恐怖と不安に襲われていた。ある者は泣き叫び、ある者は狂いにも似た笑いをあげる。家財道具を荷車に積み遠くへ逃げる者もしばしば見つけた。それらを見るたびにプミラさんの表情は険しいものに変わっていく。
 そして城にたどり着いた彼女を待ち受けていたのはヤツ以外の魔法使いたちによる非難の嵐だった。
 何故気づかなかったとか何故このタイミングでドラゴンを放したんだ、から始まって、魔法使いの素質はないだの、果ては彼女の師匠の悪口まで。
 そのあまりの酷さに私は顔をしかめた。
 彼女が責められるのはある程度仕方ないとしても、ここにいない人物の悪口を言うのはお門違いな気がする。
 更にお偉いさんの悪態は私にも飛んできて、何故止めなかった、だから異世界の者はと見下してきた。
「大した力もない女が偉大なる魔道士の弟子になるなどちゃんちゃらおかしい。媚びて体でも売ったのか?」
 その、下品極まりない言葉に私の体温が急上昇した。何を!と叫びそうになるが、その前にヤツがぶちキレた。
「この愚弄どもが! ここで未来を担う若者を責めてどうする? そうこうしている間にも隕石は近づいているんじゃ。今はこの危機をどう回避すべきかが最優先じゃろう! その頭もっと別のことに使え!」
 本気で怒るヤツに私は目を丸くする。これまで何だかんだとつるんできたけど、ここにきて初めてヤツがまともな人間に見えた。ちょっと――いや、かなり見直すと同時に、そんなコト言えるなら普段から真面目にやってくれたらいいのに、そしたら私もちょっとは尊敬するのになぁ――なんてどうでもいい事も考えてしまったわけだが。
 とにもかくも、ヤツのひと声で空気の流れが変わった。すぐさま議長を中心とした重鎮らの間で会議が開かれ、住民たちを避難させる段取りが組まれたのである。
 国民は落下予定地点から遠く離れた地下シェルターに誘導されることになった。強力な魔力でできたそれはノアの方舟さながら。でも収容する人数は限られている。なので、魔法使いたちはこれからあぶれた人たちの為のシェルターを生成しなければならない。魔力が弱まっている今、シェルターを作るのにはかなりの人手が必要になる。
 私もその手伝いに向かおうとするけど、城の回廊でヤツに引き止められた。
「そなたは何もしなくていい」
「何で?」
 こういうことじゃ、そういってヤツは私の腕に手をかけた。腕輪の留め金が外れ、ぽろりと床に落ちる。
 この腕輪が外される時――それは私が一人前の魔法使いとして認められた時か師弟の契約を解除した時、のはず。
 そりゃヤツとの師弟関係は破棄したいと願っていた。けどなんでこのタイミング?
「一体どういう事?」
「そなたはももと共に自分の世界へ戻れ。ワシが飛ばしてやる」
「飛ばすって――魔力が低下してるんでしょ? 帰れても何処に飛ばされるか分からないって」
「それでもここにいるよりましじゃ。この世界は滅亡するかもしれん。異世界から来たそなた達がここに留まる必要はない――ワシの言ってることが分かるな?」
 ヤツの言葉に私の背中がぞくりとうずく。
「ちょ、なんで急に優しくなるの。気持ち悪いじゃないか」
「失礼な。ワシゃ最初から優しかったぞぉ」
「絶対嘘だ!」
「とにもかくも、この世界から早く逃げるんじゃ、ワシらのことは気にするな」
 そう言ってヤツが笑うけど、そこにいつもの含みはない。
 やだ、なんでそんな顔するの。まるで今生の別れみたいな――
 私はその場でうつむいた。握った拳が震える。胸に熱が走っているのが分かる。
 わかってる。それを言葉に表すならふざけんな! の一言だ。
 これだけ人を巻き込んでおいて、強制退場ってどういうことよ。
 だったら最初からこの世界に飛ばすんじゃない!
 私はヤツの胸ぐらを掴むとその体をぐいっと持ち上げた。顔を近づけ、ガンを飛ばす。涙目で半べそだけど、そんなのは気にしない。
「ジジィは私を救えて、それで満足かもしれないけどさ。こんな状況見せつけられて、はいわかりましたなんて――言えるかこの野郎!」
「な、師匠の好意を仇で返すとな、そなた、狂いおったか。こら、正気に戻れぇ」
「うるさい!」
 私はジジィの戯言を突っぱねた。
「確かに、腕輪取れたのはラッキーだけど、これであんたが死んだら後味悪すぎるっての! だったらここで果てた方がマシよ。つうかジジィならこの世界に骨埋める覚悟で挑め、って言うんじゃないの? 私の事さんざん振り回して、最後の最後で逃がすって? そういう優しさは偽善っていうの。そんな自己満足、あんたの首と一緒にひねり潰してやるわ、このくそジジィ! 世界が滅亡する前に死にやがれーーーっ!」
 私は握った拳に更に力を込めると老いぼれの体が更に上昇した。そしてヤツの息がひゅう、と音を立てた瞬間、
「どうやら大おじさまの負けのようですねぇ」
 と、のんびりとした口調でクレアさんがやってきた。彼女の足元にはももちゃんがひっついていて、すごい剣幕でまくしたてていた私をじっと見ている。その無垢な眼差しに射抜かれた瞬間、私の力が抜けた。ヤツの体がずるりと音を立て床にのさばる。
「な。なんという怪力よ……この仕返しは絶対してやるぞ。覚えておれぇ」
「さあさ、ケンカはそのくらいにして、ごはんにでもしましょう。朝からごたついててまだ食べてないでしょう?」
 そう言ってクレアさんは手に持っていたバスケットを胸の高さまで持ち上げる。するとヤツと私の腹の音が見事にハモってくれた。
 仕方なく、私達は図書館の奥にある書庫へと向かう事にした。
 中に入ると、書庫の主であるスピンさんがプミラさんの怪我を見ていた。立派に成長した二匹のドラゴンは折り重なるように体を寄せている。そこに人間が四人が加わると、書庫の密度はかなり高くなる。
 私は人数分のお茶を入れると空いている席に座った。
 プミラさんの手当てをひととおり終えた後でどうなった? とスピンさんが聞いてくる。
「とりあえず住民をシェルターに避難させるそうじゃ」
「あれって全員は入んないんじゃなかったっけ?」
「入りきらなかった人は魔法使いの作ったシェルターに移すって」
「誰だよそんな馬鹿なこと言ったの? 隕石の大きさ考えたら即席のシェルターなんて作っても意味ないし。磁場のせいで強度ないから一発でご臨終じゃねーか」
「え? そうなの?」
「隕石の直撃免れたとしても、二次災害に遭うのは必至。やっぱりシールドを破られたのは痛いな。これが数日前だったらまだ対処方法が見つかったのに」
 スピンさんの話を聞いてプミラさんの表情が暗くなる。隕石の軌道をずらすことが不可能である以上、最悪の事態を回避するには他の方法を探さなければならない。
 そういえば、こんな状況に似た話をどっかで聞いたような……ああ、十年以上前に公開された映画だ。あれは小惑星が地球にぶつかるって話で、それを回避するため、小惑星の地中深くに核爆弾を仕込んで軌道を変える――そんな内容だった。
 でも、この世界に核兵器の技術なんてあるわけがないし、そんなものあって欲しくもない。
「せめて、この世界の魔力が回復すればいいのじゃが……」
 ヤツの台詞に誰もが共感していた。せっかく入れたお茶がどんどん冷えていく。こんな緊迫した雰囲気の中で、ももちゃんとドラゴン達はいたって呑気だ。
 最初は私達の周りをぐるぐると走って追いかけっこをしていたのだが、そのうち相撲なのかレスリングなのか分からないじゃれあいを始めた。がっぷり四つに汲むダックとクロムにももちゃんが割り込む。
 手を組み輪になって力比べを始めた一人と二匹。
 次の瞬間、スピンさんがあっ、と叫んだ。
「まさか……!」
 スピンさんがくるりと踵を返す。もの凄い勢いで書庫を飛び出したと思ったら、あっと言う間に一冊の本を抱えて帰ってくる。赤い皮表紙の本を開き、文字を指でたどったあとで、やっぱりそうだ、と呟いた。
「もしかしたらなんとかなるかもしれない」
 その一言に皆がはっと顔を上げた。その視線が彼に集中する。
「百年前、この惑星を周回する隕石の研究をしていた学者の論文なんだが――これによると隕石から発生する磁場は地上から発する魔力の元である『気』と同じで、その質量はほぼ等しいと説いている。流星年に魔力が弱まるのは、隕石からの『気』 と地上からの『気』がぶつかって力が相殺されるからで、でも魔力が完全に消えたわけじゃないらしい。
 ある一定の条件を満たした場所では限りなく大きな魔力が放出され、身体の増幅や治癒が著しく表れると書かれている」
「それってつまり――パワースポットってこと?」
「確たる証拠や詳しい実験結果は記されていないが、その『一定の条件を満たした場所』を見つけることができればまたシールドを張ることができるかもしれない」
 彼の言葉に私の心臓がどくんと波打った。暗闇に一筋の光が差し込む。
 こっちの世界では何というか分からないけど、そう言った「気」の集まる所は私の世界では人気の観光スポットだ。まさか、それがこっちの世界にもあるかもしれないなんて。
「探さなきゃ」
 私が言葉にする前に、プミラさんが言う。椅子から立ち上がると歯を食いしばり、傷の痛みに耐えながら歩き出す。
 きっとでなくても彼女は全ての責任を背中に抱えている。
 だから私は待って、と声をかけた。
「パワースポットを探すだけじゃ全ては解決しない。あのドラゴンも探さないと」

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