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目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(7)

 スピンさんが私に与えた仕事――本の整理は三日ほどで終わった。研究室にいるドラゴン達の世話も最初は悪戦苦闘していたけど、四日過ぎると慣れてきた。そして仕事を始めてから数日たつと私はここでの時間も持て余すようになっていた。
 今日スピンさんは書庫にいない。頼まれていた魔法道具が完成したので、魔法使いの所へ見せに行ったのだ。ダックとクロムも一緒だ。
 その日の午前中、書庫の掃除を終えた私は重たい扉の向こうにある図書室へ足をしのばせた。本棚からドラゴンに関する本を何冊か抜き取る。
 思えば火あぶりにされそうになったり、鼻を噛まれたり、頭からぱくりと飲みこまれそうになったり……今回私はドラゴンの格好の餌食になっていた。だから今度こそ酷い目に遭わないようにしなければならない。そのために相手のことを勉強してみることにしたのだ。
 私は本棚から何冊かの本を抜きとり書庫の机にそれを置く。席についてから表紙を開いた。
 私の世界のドラゴンは架空の生物で神聖めいたものがあるけど、魔法使いがいるこの世界でのドラゴンは人と同等のものとして考えられているようだ。
 本に添付されているドラゴンの写真は前に資料で見たとおり。鋭い爪と牙、蝙蝠をおおきくしたような骨組み。どちらかと言えば西洋よりのドラゴンなのかもしれない。
 私は更にドラゴンの生態へと指を伸ばす。ドラゴンの成長は人間の五倍の速さだが、寿命が長い。本に書かれている最高記録は一万年だ。ドラゴンは体の色によって性格もその力も違うらしい。
 ブルーは主への忠誠心が強く、ホワイトは好奇心旺盛で俊敏、レッドは果敢で攻撃的、グリーンは温厚で人を癒す力を持っている。そしてブラックドラゴンは警戒心が一番強く、攻撃力も他のドラゴンの十倍はあるのだとか。なので、ブラックドラゴンを服従させるのに魔法使いは数人がかりで挑まないとかなり危険らしい。
 ドラゴンの保護をする、と言った時点で結構大変な仕事になるとは思っていたけど、まさかここまで厄介だとは思いもしなかったな。
 別の本を開くと、遺伝子や生態についての説明が書かれていた。
 こちらの世界でも遺伝子学においてはメンデルの法則と似たようなものがあり、ある確率をもって劣性遺伝を強く受けた奇形腫も現れるという。
 更にドラゴンの中には別のドラゴンの巣に卵を産み捨ててしまう――いわゆる託卵をするものがいるらしい。その時産み捨てる側のドラゴンは巣にある卵をひとつ巣の外へ放り出して数合わせするのだとか。
 そういえば私の世界にも託卵をする動物がいたような。カッコウとかダチョウとかの鳥類だった気がする。
 こうして読んでみるとなかなか興味深いものがある。異なる世界とはいえども、生態は似たり寄ったりなのかもしれない――
 机に頬をついて唸る。するとヤツがのほほんとした顔でやってきた。
「やっぱりここにおったか」
「何?」
「おまえがスピンの所で働いてると聞いてな。ちぃと様子を見に来た。飲み物でもくれんかのぅ」
 ここはカフェじゃないんだけどな。私は心の中でつぶやきつつ、重い腰を上げる。研究室の一角に置いてあるポットにお茶が入っていたのでそれをカップに注ぎ戻ると、ヤツが私の読んでいた本を手に取った。
「ほぉ……なかなか面白いものを読んでいるではないか」
「ちょ、読んでる途中なんだから勝手に頁めくらないでよ。どこを読んでるか分からなくなるじゃない!」
「調べ物があるならこの間渡した本があるじゃろう? そっちは使わないのか?」
「それは――」
 私は質問の答えを言いかけ、口ごもる。
 あの本はいわばパソコンみたいなものだ。知りたいことをキーワードとして入力(こっちの世界では頭に思い浮かべるだけだけど)すれば何千、何万もの資料がすぐに出てくる。
 それはとても楽ではあるけれど、こっちの世界でゆったりと過ごさざるを得ない私には少し物足りない。だからあえて手間のかかる方法を取ってみたのだ。
 アナログの検索をするだけでもこの図書室は広くて時間がかかる。でもその間だけは余計なことを考えなくても済む。図書室を歩きまわるのは散歩にちょうど良くて、いい気分転換にもなった。
 私はあれ使い勝手が悪いから、と本のせいにすることで、自分の考えを内側に閉じ込めた。それよりも、と前の言葉を脇においてヤツに問いかける。
「ドラゴンの保護は進んでいるの? ここで休んでていいわけ?」
「おまえが手伝わないから順調だわ。このぶんだと今日には全ての作業が終わるじゃろう。シールドを張っている方も準備が整ったようじゃし」
「そう」
「何じゃ? 浮かない顔をして。 もしかして作業の手伝いをしたいとでも言うのか」
「別にそんなんじゃありません」
 ただ、自分は本当に役立たずだったんだなって。そう思っただけだ。でもそれを言ったらヤツはきっと鼻で笑うのだろう。当然だと言うのだろう。
 私は心の中でヤツへの皮肉を述べると、自分の作業に戻った。さっき読んでいた本のページを開き次の章へと目を動かす。私が相手しないと分かると、ヤツは茶を一気に飲みほして、私から離れて行った。


 その日、私が書庫を出たのはスピンさんが仕事を終えてからだいぶたった後のことだった。
 窓の外は暗く夜も更け始めている。図書室は勿論、城の中もとても静かだった。魔法使いどころか人ひとり会いやしない。明日は隕石の衝突する日だから、皆早く寝て明日に備えているのだろうか。
 私は窓から見える景色をしばらく眺めていた。満天の空にひときわ輝く大きな星ひとつ。あれがきっと、役目を終えた隕石なのだろう。星はわき目もふらずこちらに向かっている。真っ直ぐに城へ向かっているような。落ちてくるものが大きいからそんな風に見えるのかな?
 ヤツはドラゴンの保護は今日中に終わると言っていた。シールド班も準備が整ったとも。
 なのに何故?
 この静けさのせいだろうか? 何だか胸騒ぎがする。
 私は自分の中に溢れる予感が何なのか――この時点でははっきりとしなかった。でもそれは隕石の接近とともに正体を現す。
 きっかけは夜明けに起きたひとつの事件だった。

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