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目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(6)

 次の日、私はクレアさんと城の図書室を訪れた。百を超える本棚にはこの国の歴史と文化、風俗を記した本がみっちりと詰まっている。そんな広い図書室の、更に奥に書庫があるらしい。
 私たちは重い扉を開く。すると目の前火花が飛びこんできた。部屋のど真ん中で一人の男性が溶接作業をしている。本に囲まれて作業をする姿はどこから見ても異様だ。というか、火事とかならないのかしら?
 クレアさんの話によると、彼は自分の仕事をするのに本が欠かせないらしい。でもいちいち図書室で借りているのも面倒なので書庫ひとつを占拠して、作業場と自分の研究室にしてしまったのだとか。
 私達は火花をよけながら彼に近づいた。クレアさんが男性の耳元へ声をかける。
「スピンおじさま」
「お、クレアじゃないか。こんな所へ何しに来た?」
「ちょっとご相談がありまして」
 そう言ってクレアさんが自分の体を一歩横にずらした。
「彼女、仕事を探しているのだけどそちらで何かあります?」
 スピンと名乗る学者は作業の手を止めるとサングラスを外し私をまじまじと見た。最後に私の手元を見てあっ、と声を上げる。
「その腕輪――もしかして、シフの弟子か?」
「そう、ですけど?」
 私は恐る恐る答える。この国はヤツの天下。もしかしたらこの間の失態を笑われるかな、と思ったけどそれは杞憂に終わった。スピンさんの目じりが下がったからだ。
「そうかそうか。おまえが……良く耐えてきたなぁ」
 スピンさんはそう言って私の肩を抱きソファーに案内してくれる。私が座ると、スピンさんはジュースやお菓子を沢山出してきた。さあさ、どんどん食べてと彼は言う。思いがけないもてなしに私は戸惑ってしまった。
「この間の会議の時は遠くで見てたけど、あれは気の毒だった。俺があんたの師匠だったらあんなこと絶対させなかったのに――助けられなくてごめんな」
「ええと、あの……」
「あのジジィ はとんでもない『悪』魔道士だ。これまでどれだけ酷い目にあったかと思うともう不憫で不憫で。今まで辛かったろう。さあこれ食べて元気だしな」
 あれ、何だか私慰められてる? っていうか、ここにきて初めてヤツについての意見がぴったり合ったんですけど。
 同じ気持ちの人がいると知って私はなんだか嬉しくなって、この出会いに感謝してしまう。
「もしかして、スピンさんもヤツのせいで酷い目に?」
「おお、ジジィの無茶ぶりに俺もほとほと困っていたんだ。俺は魔法使い専用の道具を開発してるんだが、ジジィの注文には毎回泣かされてな。あいつときたら、俺に高度な技術を求めてくるわ、採算度外視だわ。費用工面して見積出しても値切ってくるんだ。しかもあいつ、この部屋で勝手にくつろいで食材をあさって腹が立つと言ったらもう」
「ですよね、ですよねっ」
「この腕輪だってそうだ。あのジジィときたら――」
「スピンおじさま」
 私達が盛り上がっていると、クレアさんが口をはさんだ。
「私達は大おじさまの悪口を言いにここに来たわけじゃないんですけど」
 クレアさんの口調は穏やかだけど、言葉の端々に棘がある。身内の悪口を言われ気を悪くしたのだろうか。彼女のただならぬ気配にスピンさんがはっとしたような顔をする。
「ええと、仕事の話――だったな。急ぎのものは特にないがまぁ、書庫の整理と隣りの研究室にいる『奴ら』の世話を頼もうか」
「よろしくお願いします」
 私はぺこりと頭を下げた。
 ――クレアさんが部屋を去ったあとで、私は早速仕事を始める。
 最初に本棚とその周りを見渡した。幸運なことに床に落ちている本は一冊もなくてだいたいは棚の中に収まっている。でも本の入れ方がすごく雑。ひとつの棚を取っても、医学や生物学が中心なのかと思えばすぐ隣りに機械学の本があったり恋愛小説や料理のレシピ本があったり……とにかくごちゃごちゃなのだ。
 私は本の整理を始めた。
 本棚にあるものから机に積んであるもの、この部屋にあるありとあらゆる本を一か所にまとめる。本を手にとりタイトルを見てジャンルを選別していると、脳裏にプミラさんの魔法使いは何でも屋という言葉がよぎった。クレアさんは彼のことを学者と言ったけど、私から見た彼の印象は違う。どちらかといえば技術者に近い気がする。
 スピンさんは溶接作業を終えると、細かい部品を取り付ける作業に移った。最初は軽快に動いていた手だが、そのうち動きが鈍くなり、やがて手が止まる。一つ唸り声を上げると踵を返し、私が作った本の山から何冊か抜きとった。
 彼はそれらを机に並べ、必要なページを開いてすぐに見えるようにする。電気回路や金属の性質、化学反応について書かれた本――そこまではいい。不思議なのはそこに料理や裁縫の本が加わったことだ。
「あの」
 気になった私は本と向き合う彼に問いかけた。
「その、ひとつの道具を作るのにこんなにも沢山の本を?」
「そうだ」
「けど、今している作業とは全然関係なさそうな本も取りましたよね? どうして」
「道具を作るのは俺だけど、使うのは魔法使いやその弟子たちだ。俺が今作っている道具は奴らのどの場面で使うのか、俺自身が理解してないと道具は完成しないし奴らも使いづらい。だから俺は必要な知識を得るために本を読んでいる。それだけだ」
 その言葉に私はなるほど、と唸った。
 スピンさんは魔法使いではないけど魔法使いの気持ちに寄り添って仕事をしている。中途半端を許さないのは自分の仕事に誇りを持っているからこそできること。
 私は一つの魔法を覚えるのにそこまで資料を開いたことはない。ヤツの言葉を聞いて理解するだけだ。今までは魔法の使い方ばかり教わっていたけど、もっと根本的なことから学んでいかなければならないのかもしれない――あくまで、魔法使いを目指すなら、の話だけど。
 話がひと段落した所でああそうだ、とスピンさんは言葉を落とす。
「そろそろ研究室に行って『奴ら』に飯を与えてくれないか?」
「いいですけど――奴らって、何なんですか? 助手さんかなにか」
「助手というか、まぁペットみたいなものだ。さわり心地いいし見ていて飽きないし、温厚でかわいいぞ。餌は棚の上にあるから適当に皿に乗せてやって」
「わかりました」
 私は本の仕分けを一旦止めると隣の部屋に向かう。そこは理科の実験室並みでいろんな色の液体がフラスコの中で蠢いていた。ペットのようなもの、と聞いたはずなのに、そこにゲージらしきものはない。
 ペットさんたち、一体どこにいるんだ? 放し飼いにでもされているのかな?
 私は部屋の隅を確認しながらペットを探す。テーブルの下を覗きこむと、生温かいものが頬に触れた。しっとりとしたそれは私の顔をべろんと舐めた後、大きな口を開ける。目の前に見えたのは大きな喉仏と鋭い歯。目の前が真っ暗になった瞬間、私は頭をぱっくり持って行かれた。
「℃○★▼※%#&〜!!」
 私がパニック状態で体をじたばたしていると、今度は右腕を何かに噛まれた。あまりの痛さに私は腰を浮かせ、テーブルに思いっきり頭をぶつけてしまう。盛大な音が隣りの部屋まで響き渡った。
「なんだ? どうした?」
 私が床で悶絶していると、音を聞きつけた誰かが部屋に飛び込んできた。この声はたぶんスピンさん。今彼の目には得体のしれぬ生物に頭と腕をを食われた私が写っているだろう。
「ダックにクロム! どうした?」
 頭の中でスピンさんの声が響く。でも私の名前はダックでもクロムでもない。どうやら彼が心配しているのは私ではなく――私を食べている怪物の方だ。
「怪我はないか? ああ、頭が腫れているじゃないか一体誰がこんなこと――おや?」
 そこでスピンさんはようやく私の存在に気づいたらしい。彼が引き剥がしてくれたお陰で私はようやく自分のハンカチで涎まみれの顔や腕を拭くことができた。
「なんなんですかこれは……」
「見てのとおり、グリーンドラゴンのダックとクロムだ」
「また……ドラゴン」
 私の頭がくらりと揺れる。
 ここ最近やたら私に絡んできますが、一体何なんだろう。ドラゴンの相でも出ている?
 私がかじられた頭を抱えていると、更に彼の口から信じられない言葉を聞いた。
「おまえら、彼女を餌と間違えたんだろう?」
 このお馬鹿さん、とスピンさんが茶目っ毛たっぷりに言うとにひざ丈ほどのドラゴン達はぎゃあぎゃあと声を上げる。それは親鳥に餌をたかる雛のようでもあった。
「そうかそうか。お前らは動物だけじゃなく、人の肉も食べたくなったのか。いっちょまえに成長したなぁ。ついこの間まで手乗りサイズだったのに。おとーさんは嬉しいけど、手がかからなくなるのは寂しいなあ」
 スピンさんがしみじみと呟くとドラゴンたちが彼に飛びつく。さすが飼い主、腕を噛まれようが頭をかじられようが平気らしい。
 ええと、ペットの成長を喜ぶのはいいのですが、私の方は心配も何もなしですか? 私が貴方のペット以下だとしたら、さっきの励ましは何だったのでしょう? 
 私はこの時になって初めてクレアさんが言った「ちょっと変わっている」ってのを理解したのである。
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