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目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

4 詐欺魔法使いと森の合宿

 有給がたまっていたので、一週間ほど休みをとることにした私。どこか静かな所で過ごそうかな、と思ったら突然ヤツが合宿を行うぞと言い出した。
 毎度のごとく私は異世界にある森に強制連行される。用意された家は木をくり抜いたものだった。充てられた部屋の内装も可愛らしい。絵本の主人公みたいだ。窓から見える森も静かで空気が澄んでいる。
 こういう世界でバカンスを過ごすのも悪くないかも。
 鼻歌を歌いながら私は新しい修行服に身を包む。しばらくして、ヤツが部屋に現れた。
「修行は夜から行うからのぅ。日中は自由にしとれ」
「はぁい」
「ああ、ひとつ言い忘れていた。外に出るのはいいが、日没までには帰ってくるんじゃ。門限は必ず守れぇな。でないと大変なことになる」
「大変なことって何?」
「知りたいか?」
 そう言ってヤツは含み笑いをした。ヤツがそんな顔をする時はろくでもない話だ。私はあえて下手に出て教えを乞う。ヤツは実は、と話しかけ私の顔をじっと見た。たっぷりの間を置いたあとでやっぱりおしえなーい、と舌を出す。私は拳を震わせた。
 だったら最初から言うんじゃねえ!
 腹立たしくなった私はヤツに背を向け外に出た。今思えばヤツの首を絞めてでも聞きだせばよかったと思う。そうすれば心の準備位はできたはずだ。
 今、私の目の前に巨大な蜘蛛がいた。蜘蛛は涎を滴ながら私をどう調理しようか思案に暮れていた。私は白い糸に吊るされ身動きがとれない。ヤツが言っていたのは「大変なこと」とはこのことだったのだ。確かに、この森に動物どころか虫一匹すらいなかった。
 やがて蜘蛛の足が私に絡みつく。どうやら調理方法が決まったらしい。大きな口がぱっくりと開かれた。この様子だと頭から丸かじりなのだろう。だったらせめて一気に呑みこんで。痛くない様にしてくださいな。
 私は覚悟を決めその時を待つ。すると視界に入る流れ星がひとつ。箒にまたがったヤツが蜘蛛の前に立ちはだかったではないか。
「大蜘蛛よ、それはあまりにも酷過ぎないか?」
 もしかしたら私の事を心配して――
「生で人間を丸かじりとはなんとも芸のない!」
 ヤツのダメ出しに私はずっこけそうになる。何だよそれは!
「おまえはもっと美味しい食べ方を知っているというのか?」
 蜘蛛の問いかけにヤツは勿論、と答えた。
「若いおなごはコラーゲンたっぷりじゃのう。煮込んでポン酢で食べるのはどうじゃ?」
「ふ ざ け る な ! このクソジジィ、黙って聞いてりゃ勝手なことを。そっちこそミンチになって焼かれてしまえ!」
「師匠に暴言を吐くとは何事じゃ。口を慎め」
「何が師匠だ、この詐欺師!」
「口の減らぬ奴よ、お仕置きじゃあー」
 刹那、私のブレスレットが光を放つ。いつもだとここで百万ボルトの電流が流れるわけだが、そうは問屋が卸さない、今日の私は違うんだから。
 私はゴム製の手袋をつけ長靴を履いていた。これは電柱工事している人のと同じ仕様で電流を完全に防ぐことができる。防御魔法を唱えれば無敵の魔法使い(見習い)の出来上がりだ。
 私の秘策にヤツも感心したらしい。顎髭を触りながらほぉ、とため息をついた。
「今までの冒涜は全て作戦だったのかぇ」
「は? 何の事?」
「だって、ほれ」
 そう言ってヤツが後ろを指す。そこに黒炭と化した蜘蛛がいた。どうやら私がよけた電流は蜘蛛の巣を通じてそっちに行ってしまったらしい。まぁ、結果オーライってことか?
 そのうち、ぶちんという音が耳に届く。蜘蛛の糸が切れたのだ。吊るされていた私はもちろん真っさかさま。運よく途中の木の枝に引っかかったけど、そこから脱出する術が見つからない。
「ちょ、たーすーけーてー」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。どーしようかのぅ」
 じたばたともがく私に、魔法使いは満面の笑みを浮かべていた。 
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