NOVELTOP

目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(1)

 その夜、私は従妹の子供を預かっていた。
 なんでかというと従妹の母親――私にとって伯母にあたる人が救急車で病院に運ばれ、従姉妹がつき添いで行かなければならなくなったからだ。
 伯母は急性垂炎と診断され、すぐに手術が必要と診断されたらしい。伯父は早くに他界していたし、従妹の旦那さんはその日出張で遠く離れた都市にいた。近くで子供の面倒を見る人が私しかいなかったのである。
 二人で夕飯を食べていると、従妹から手術が無事成功したという連絡が入った。私は電話を切ったあとで、従妹の子供――ももちゃんに声をかける。
「ももちゃん、おばあちゃんのおなか痛いの、治ったって」
「ホント?」
「しばらく病院にお泊まりしなきゃならないけど、すぐ元気になってお家に帰ってくるって」
 その言葉にももちゃんがにっこりと笑ったので、私も思わず目を細める。心からのよかったね、が口からこぼれた。
「ももちゃんのお母さんももう少ししたらここに迎えに来るよ。だからその間におねえちゃんとお風呂いこうか?」
「うん」
 私はももちゃんを風呂場へ案内した。服を脱ぎ、シャワーの栓を開ける。先にももちゃんの体を洗ってから自分の体を洗った。
 二人で湯船に浸かると狭い浴槽にミルク色のお湯が溢れてゆく。
 最初はアヒルの玩具であそんでいたももちゃんだけど、しばらくすると湯気でけぶった鏡に落書きをはじめた。小さな指を使って動物を描く姿は真剣そのもの。小さいお尻がふるふると動くたびに私は微笑んだ。
 ああ、小さい子のお尻ってなんて可愛いのかしら。
 そんなことを思いながら私は湯船につかり、天井を仰ぐ。すると天井が急に明るくなった。
 細い光がゆっくりと円を描き、天井にぽっかりと穴が開く。そこから人の首がにょきっと生えてきた。
 え? え? えええええっ!
「おー、風呂にはいっていたのかぃえ」
 体を半分だけ覗かせてヤツは言う。へんてこりんな語尾をつけてやってきたのは如何にもな格好をしたジジィだ。
 私はありったけの悲鳴を上げる。側にあったアヒルの玩具をヤツに投げつけると、ヤツの顔面に命中した。アヒルは一回転したあと、優雅に着水する。
「いたた、何するんじゃ」
「信じらんないっ。何てとこから現れるの!」
「相変わらず師匠への敬意もないヤツじゃのう」 
「敬意もへったくれもあるかこの痴漢っ! こっちに来るんじゃねぇーっ!」
 そう言 って私は湯船に体を沈める。普段は何もいれないけど、今日入浴剤を入れておいてよかったと心から思った。でなかったら私の裸が丸見えになっていた。
 上半身だけ出して様子を伺っているヤツは一応私の師匠だ。
 何の師匠かというと――魔法使い。
 ある日、私はヤツに魔法使いにならないかとスカウトされたのである。なんでもヤツのいる異世界では後継者不足なのだとか。
 最初は怪しい何かの勧誘かと思ったけど、一度命を助けてもらったし目の前で空を飛んだのだからこりゃ本物だと信じるしかない。修行も週二程度でいいというので私は弟子入りを了解し契約を結んだ。それが人生最大の間違いと気づいたのはその一週間後だ。
 魔法使いとは名ばかり、ヤツは術を教えるのを渋るし、私に雑用を押しつける。果ては私の家で菓子をついばみテレビを見ながらごろ寝をするのだ。これは詐欺としか言いようがない。
 とにもかくも、私はヤツとの師弟契約をどうにかして解除したいのである。でも契約に逆らったりヤツに暴言を吐けば「お仕置き」が待っていて、私はいつもそれに屈することになる。
 今日も今日とて、奴はお仕置きじゃぁーと声を上げていた。
 私は契約を結んだ時につけられた腕輪を見る。ここに光が宿ったら最後、100万ボルトの電流が湯船に流れてしまう。水は電気を通すから――つまり一発で感電死だ。
 腕輪が光を放つ。防御魔法を唱える余裕はない。もう駄目、と思い私は目をつぶるが、次の瞬間、腕の光が消えた。あーっと大きな声がヤツの耳をつんざいたからだ。
「だんごこーえんのおじーちゃん」
 ももちゃんは天井にいるヤツを見て目をきらきらとさせていた。私は一瞬何で?って思ったけど――ああそうか、ももちゃんはヤツと面識があったんだっけ。
 私は小さな救世主にこっそり感謝した。
「おおそなたは、もも、じゃったな。久しぶりではないか。元気にしてたか?」
「うん。でもおじいちゃん、なんでこんなところにいるの?」
「そこにいる馬鹿なちんちくりんに用事があってのう」
 馬鹿なちんちくりんは余計だジジィ、と私は突っ込みたくなったが、口にしたらまたお仕置きされるのでそこは口を閉ざしておいた。
 子供の無邪気な質問は続く。
「おじーちゃん、なんでうえからでてきたの? そこにトンネルがあるの?」
「そうじゃ な。トンネルがあるんじゃ」
「それってどこにつながってるの?」
「魔法の国――とでもいっておこうか。ワシはな、超一流の魔法使いなんじゃ」
 魔法使い、その一言にももちゃんの目がきらんと光ったのは言うまでもない。今、この子のマイブームは魔法少女なのだ。
「おじーちゃん、ほんとうにまほーつかいだったんだ。 じゃあ、またいろんなまほーおしえて」
「おーおー、いくらでも教えてやるとも」
 ちょっと待て。それは問題発言じゃないか? 
 ヤツは公園で遊んでいた三歳児に攻撃魔法を教えた前科がある。その上自分の弟子を差し置いて指南するだと?
 ありえん。やっぱりヤツは詐欺魔法使いだ。今度こそ訴えて契約破棄してやるんだから!
 私はぎりぎりと自分の歯 を軋ませた。一方ももちゃんはといえば、まほーまほーと大興奮。こんどはそらをとぶまほうがいいなぁ、なんてリクエストまでしている。
 とにもかくも、空気が一度緩んだので私はため息を一つついてから、あのさぁ、とヤツに言葉を放った。
「用事があるならお風呂出てからにしてくれない? つうかとっとと消えろ!」
「そういうわけにもいかなくてのう。緊急事態なんじゃ」
「緊急事態?」
 私はヤツの言葉を繰り返す。見上げるとヤツが真面目な顔で私を見ていた。
 私は持っていた片手桶を一旦下ろす。浴槽の縁に置いてから、ヤツの話をとりあえず聞いてみることにする。
「詳しい事は向こうで話すが、我が国最大の危機なのじゃ。今、国中の魔法使いとその弟子たちが城に召集されている。魔法を使える者が多数必要でな。我々もそちらに向かわなければならない」
 ヤツの話に私はふむ、と唸る。
「とりあえずわかった。分かったけど――もう少しだけ待って」
 場所が場所だし服くらい着させてよ、と私は言葉を続けるが、全ての言葉を言い切る前に湯船から強制退去された。
「とにかく急ぎなんじゃ。このまま飛ばすぞ」
「ちょ、裸のままでそっちの世界に行くの? やめてよーっ!」
「別にそなたの裸など誰も興味持たないわい」
「そういうことじゃなくて!」 
 人目のある所に出たらどうするの? 痴女だ変質者だと大騒ぎになるじゃない。詐欺魔法使いの弟子が変態なんて噂が回ったら……
 それは絶対にイヤーーーっ!
 私はビーナスの誕生のごとく 、要所を手で隠し、体をくねらせながら宙を舞う。それを見ていたももちゃんは大はしゃぎだ。
「わー、おねえちゃんおそらとんでるー。いいなぁ。もももおそらとびたーい」
「おおそうか。じゃあもももワシの住んでる世界へ行くか?」
「いきたーい」
 ももちゃんは諸手を上げて要求する、私はふわふわ浮きながらそれだけは止めて、訴えるけどのれんに腕押し。好奇心満載の子供を止めることはできない。
 ヤツは自分の持っていた杖を軽く回す。ももちゃんの体が浮いた。ももちゃんはくるりと一回転し、きゃっきゃと笑う。
「たーのーしいー」
「ふぉーっふぉ、楽しいか。それはよかった」
「全然よくないっ!」
 私は下ろせとぎゃあぎゃあわめくが多数決には叶わない。
 かくして私達は掃除機の如く吸い込まれヤツの住んでいる異世界へ飛ばされた。
NOVELTOP