NOVELTOP

目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(最終話)

***

 その日、私は母に頼まれた食材を届けるため城に来ていた。
 重い台車を引きながら本棚の間を通り、奥にある書庫の扉を叩く。
「スピンおじさま。いつもの魚を届けに参りました」
「おお、ありがとうなぁ」
 スピンおじさまは私が引いてきた台車を覗きこむ。水槽の中で泳いでいる巨大魚の群れを見てにんまりと笑った。
「ダックにクロム。お前らの餌が届いたぞ――ほうら」
 スピンおじさまは水槽の魚を手づかみすると、飼っているグリーンドラゴンの双子に向かって一匹二匹と放り投げた。彼らは魚が床に落ちる前に魚をごくりと丸飲みする。
 幼獣だった少し前まではそんな姿も可愛らしかったけど、私の背の三倍あるだろう今は食べ姿を見るのもおどろおどろしい。
 私はそっと目をそらす。奥のテーブルに視線を移せばシフおじいちゃまと母がのんびりと茶をすすっていた。
 ああ、今日も三人で秘密の会議をしているわ。
 私は心の中でつぶやく。本当、この三人が揃うとろくなことがない。
 私は彼らをこの世の三大悪魔と呼んでいた。
 身内を悪く言うことに抵抗がない、と言えば嘘になるけれど、彼らの所業は目に余るものがある。彼らの恩恵を受けている以上ある程度は目をつぶるけど、悪さはほどほどにしてほしいと切に願っている。今はシフおじいちゃまの弟子が可哀想でならない。
「それで今回のことじゃが――あれは、ワシの弟子が『たまたま』出会ったブラックドラゴンに服従魔法をかけたら『たまたま』上手くいって、最終的に助かった、と。偶然が偶然を呼んだ――ということで王に報告しとこうかと思うのじゃが」
「それでいいんじゃね? あの子は最後まで踏んだり蹴ったりだったから。ちょーっとくらい褒美を与えてもいいかと思うぜ」
「私も異議は唱えません。それでいいかと」
「ふぉっふぉ。じゃあ、それでいこうかのぅ」
 そう言ってシフおじいちゃまがにたりと笑うと、向かいにいたスピンおじさまがそれにしても、と口を開いた。
「今回は本当にヤバかったなぁ。ここから逃げたブラックドラゴンが卵産んだとは思ってもなくて。
 しかもすぐに羽化しちゃっただろ? びっくりしたのなんのって」
「研究のためとはいえ、成長を早める機械を発明するから変なことになるんです。生態を崩すのは犯罪行為ですよ。彼女を書庫に案内した時もそうです。私スピンおじさまの口が滑るんじゃないかと、ひやひやしてたんですから」
「こんなにも早く連れてくるとは思いもしなかったんだよ。クレアは俺とあの子が出会うのはずーっと後みたいなことを言ってたろ?」
「そうでしたっけ?」
「そうさ。だから俺は心の準備も何もできてなくて焦ってよぉ」
「その割には果物やお菓子が沢山置いてありましたけど」
「あの子が来るならもっといいものを用意したさ。で、あの子にごはんたらふく食べさせて丸々太った所をダックとクロムに食――あわわ」
「ほらやっぱり。ろくなことを考えてない」
「だってよー。魔力はドラゴンの大好物なんだぜ。こんなチャンスめったにないんだから。それにろくな事考えてないのはそっちだろ? 全てを見透かしているくせに何も言わない方が性質が悪いと思うが」
 そう言ってスピンおじさまはお茶をたしなむ母に顔を近づけた。
「おまえ、本当は夢で見てたんじゃないのか? ブラックドラゴンがシールド破ることも、あの子と一緒についてきた子供がこの国の危機を救うことも。だからあの時子供に魔法を教えてこいってジジィに頼んだんだろ?」
「そのことについてはご想像にお任せします」
「ったく、偉大なる魔導士さんの血を引く奴は曲者ばっかだな」
 スピンおじさまは母に悪態をつくと、お茶を一気に飲み干した。
 まぁ、スピンおじさまの言いたいことはわかる。けどその言葉、聞き捨てならないわ。
 曲者なのはシフおじいちゃまと母だけで、父や私はいたって普通なのだから。
 というか、この人たちの血が私にも流れているかと思うとちょっと怖い。いつ魔法や予知夢の力に目覚めてしまうか――考えるだけで身震いが走るわ。
 母はひとつため息をつくと、シフおじいちゃまに向き直った。
「大おじさま」
「何じゃ」
「そろそろ彼女に本当の事を言ってもいいんじゃないんですか? あの腕輪が師弟の証でもお仕置きの道具でもないことを」
「ほぇ?」
「そりゃ、最初は何も言わないのが彼女の為と思ってましたけど――今回の事で、彼女は他の魔法使いから敵視されました。本人も自分には大した力がないんだって相当落ち込んでいたんですよ。可哀想に思えてなりません」
「そんなもの、自分で解決できんようじゃ魔法使いにもなれぬわい。他人に与えられることだけを求めるなら落ちこぼれで結構。
 一番の問題はあやつが魔法使いになるということを何かの資格か趣味ぐらいにしか思っておらんことだ。
 まぁ、最初に習い事でいいと言ってしまったワシにも責はあるが――あいつには魔法使いになる覚悟が足らん。そんな生ぬるい気持ちの者にワシの奥義など教えることはできんわい。それに、本当の事を話したら、ワシの方が殺されるじゃないか」
「それは言えてますね。あの時は大おじさまが本当に殺されるんじゃないかと思いましたから」
「何? ジジィってばあの子に殺されかけたの?」
「そうじゃ。あやつときたら魔法を使わなくても怪力で――まったく、誰がそんな風に育てたんだか」
「そんなの決まってるじゃないですか」
「だな」
 母とスピンおじさまが顔を見合わせ、シフおじいちゃまに目を向ける。同時ににやりと笑った。偉大なる魔法使いがそれを誤魔化すかの如く咳払いする。
「まぁよい。で、次の作戦じゃが――」
 シフおじいちゃまの言葉に他の二人が身を乗り出す。
 遠く離れた異世界の彼女の話をする時はいつもそう。三人で書庫に籠りあーだこーだと悪だくみを展開する。それはまるで子供が大人に悪戯を仕掛けるかのごとく幼稚で単純で。いい大人が何をやってんだかと思うけど、三人はとても楽しそうだ。
 さてさて、次はどんな事件を巻き起こすのやら。
 私は一番の被害を受けている彼女を思い、そっとため息をついた。

NOVELTOP