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目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(12)

 全ての作業が終わった後で、ヤツは盛大な高笑いを上げた。
「さっき投げたのはシールドの核となるものじゃ。それを電気玉と間違えてこの馬鹿弟子が。こんな大事な場でお仕置きなどするか! 全くいい気味じゃのう」
 その、やーい引っかかった、とでも言いたげな様子に私は顔を赤くする。
「このクソジジィ!」
 私はヤツに噛みつくけど、その瞬間痛いほど強い視線が私を射抜いた。ヤツを偉大な魔導士と信じて疑わない魔法使いたちが私を睨みつける。杖の先が一斉に私に向けられた。
 この人たちってば。どうみても攻撃する気満々なんですけど?
 その殺意とも呼べる眼差しに私は一歩どころか十歩近く後ずさりした。
 もう嫌だこんな世界。ヤツ至上主義なんてそれこそ詐欺だーーっ!
 四面楚歌状態で私が唇を噛んでいると、ヤツが一歩前に出た。ゆったりとした口調でやめんか、とたしなめる。
「口は悪いが、こやつはワシが認めた弟子じゃ。弟子の粗相はワシの粗相。手出しはするな」
 その威厳ある言葉に全ては収集した。ヤツが魔法使いたちを城に戻るよう指示すると、彼らは渋々それを受け入れた。
 箒の群れが空の彼方へ消えていく。全て見えなくなるとヤツは自分の持っている杖で私の頭をこつんと叩いた。
「師匠に感謝の一言もなしか? ぃえ?」
「もう師匠じゃないんだからそんなのするかっ! そっちが先に騙したんでしょ」
「じゃあ電気玉を出せばよいのかぇ?」
 うわ、それはもっと嫌だ!
「まぁ、冗談はこれくらいとして。このあと隕石の衝突でここの魔力も打ち消されるかもしれん。城もゴタゴタするじゃろうから、今のうちに向こうの世界に飛ばしてやろう」 「え、そんな急に?」
「何じゃ? 戻りたくないのか?」
「いや」
 飛ばせるものなら飛ばしちゃって欲しい。本当なら壊れた城の修復をしなきゃと思うけど、いかんせん体がバキバキで立つのもやっとなのだ。
 それに本音をぶっちゃけるなら魔法使い達の前で自分の失態を見せたのが一番痛い。
 騙されたとはいえあんな情けない悲鳴を上げちゃったし。ヤツを殺しそうになったことが暴露されてしまった以上、他の魔法使いたちにこれから何をされるかと思うとガクブルです。
 あ、でもプミラさんのことは気になる。彼女大丈夫かなぁ。
 先に帰ってしまうのは心苦しいけど――この世界が滅ばずに済んだのだからまた会えるよね?
 私はクロムの首に触れると、そっと抱き寄せた。
 ありがとう。今度会う時は好きな物、沢山持ってくるからね。そう伝えると、クロムは私の顔をべろんと舐めた。
 私とヤツの様子にももちゃん何かを悟ったらしい。もうバイバイなの?と私に聞いてくる。だからそうだよ、と答えた。
「そこのジジ――魔法使いのおじいちゃんがもとの世界に戻してくれるって。ももちゃんもお母さんに会いたいでしょ?」
 この世界に飛び込んでから数時間もしないうちに、ももちゃんはお母さんを恋しがっていた。それは事実を歪める暗示をかけなきゃならないほどで。だから素直に受け入れると私は思っていた。
 けどももちゃんから返ってきたのはいや、の一言だ。
「もも、ここにずっといたい。あのドラゴンさんのところにいきたい。おじーちゃんにもっとまほーおそわりたぁいーっ」
 だたをこねられ、私は困ってしまう。するとヤツが、おおそうじゃなぁ、と言って同調した。
「ワシも、ももと一緒にいたいぞよ。でも――そろそろ戻らないと家の人も心配するじゃろう?」
 ヤツはももちゃんの頭をそっとなでる。小さな光がももちゃんの前に現れた。
「なぁに。またすぐ会える。今度はな、夢の中で会おう。ワシらはいつだってもものそばにおる。じゃから――またな」
 やがて光をじっと見ていたももちゃんの意識がぷつりと途切れた。突然倒れたものだから私は両手を広げて小さな体を支える。
 一体ももちゃんに何したの?
「ももの中にあるワシらの記憶を全て夢にすり替えておいた。こうした方がそなたも都合がいいじゃろう」
「そうね」
「さあ、時間がない。次元の扉を開くぞよ」
 そう言ってヤツが自分の杖をくるりと回した。私はももちゃんを抱き上げ、その時を待つ。すると突然ヤツが私の腕を掴んだ。
 え? いきなり何?
 私が目を見開くと、ヤツは真剣な顔で言った。
「そなたのおかげでこの世界は救われた――ありがとうな」
「何を急に」
  「おまえじゃなくてももにいってるんじゃ。まぁ、おまえもそれなりに頑張ったんじゃないのかぃえ? ふぉっふぉ」
 それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?
 私が眉をひそめていると、足元が宙に浮いた。光の泉の中へ吸い込まれる。
 長い長いトンネルを抜けたあと、私達は自分の部屋のベッドに放り出された。ももちゃんを抱えた私はそのままごろんと一回転して、布団ごとベッドの下にずり落ちる。腰を打った私は悶絶した。
 ヤツの移動ときたら相変わらず着地点の設定に難がある。今度会ったら文句を言ってやろう。
 私はぎこちない動きで体を起こすと枕元に置いてある目覚まし時計を取った。時刻はあっちの世界に行った日の三十分後。もう少ししたら従妹がももちゃんを迎えに来るだろう。それまでにせめて、この如何にもなコスプレを脱がないと。
 私は着ている服に手をかけようとして――あっと声をあげる。一度外れたはずの腕輪がそこに絡められていたからだ。そして私は悟る。
 ヤツめ。さっき私の腕を掴んだのはそういうこと?
 私はももちゃんを抱えていた腕を解くと仰向けになる。声を上げて笑った。
 ジジィとの師弟契約は一度切れてたはずなのに、向こうの世界を離れる時私は次に訪れた時のことを考えていた。それは私にとって詐欺魔法使いのあれこれも、あっちの世界も私の生活の一部になってしまったということ。
 慣れというのは恐ろしい。でも――それも悪くない。
 笑いすぎたせいなのか体中のあちこちが悲鳴を上げる。けど心はとても晴れやかだ。
 やがてインターホンが鳴る。
 私は痛む体を引きずりながら玄関へと向かった。


 結局、体の痛みが癒えるまで一週間かかった。
 その間は仕事を休むわけにはいかず――ええ、頑張りましたとも。ただ家に着いてからは何もする気がおこらず、風呂に入る以外は泥のように眠り続けた。
 おかげで洗濯物はたまるばかり。台所のシンクはコンビニの容器で溢れ、部屋は異臭を漂わせていた。
 体の錘がようやく取れた日曜日、私は朝から忙しかった。その間放置していた服を洗濯し部屋に掃除機をかける。午後には従妹が改めて先日のお礼にやってきた。ももちゃんも一緒だ。 「この間はももを見てくれてありがとう。母も大事に至らず退院したし。これ、よかったら食べてね」
 そう言って従妹が私に差し出したのは、一日限定十個しか売らないという極上スイーツだ。
 私の喉がごくりと鳴る。
「これ、高かったでしょう? いいの?」
「いいのいいの。ももに服を買ってくれたでしょう? あの子すっかりご機嫌で。あの如何にもな魔女服、どこで売ってたの?」
 真剣に聞いてくるものだから私はさぁどこだったっけ、とすっとぼけた。元の世界に戻ってきた時、私とももちゃんはクレアさんの見立てた服を着たままだったから。私とお揃いのそれを、ももちゃんはとても気に入っているらしい。
 小さな魔法使いは今日もそれを身にまとい、困っている人のために私の部屋をを奔走していた。
「わたしはまほうつかいもも。そなたのねがいをかなえるぞよ。なぬ? どらごんがしろであばれている? まほうつかいももがいまたすけるからまっててー」
 ヤツの影響を受けたせいかたまにおひょ、とか、ふぉっふぉとか、語尾がおかしくなるのが非常に残念なんだけど――まぁいいか。
 ももちゃんの大活躍は夢の中の出来事に変換されてしまった。でも、ももちゃんの将来を考えるとこれが一番いいのだと思う。
 私たちの世界の魔法はそれこそ夢のような存在だから。むやみに撒き散らすのはかえって迷惑だし周りの視線は冷たく厳しい。とはいえ、魔法を信じるのはその人の自由だ。
 だから何年かたって――そう、立派に成長したももちゃんが魔法を信じて、困った人を助ける魔法使いになりたいと言うようなら、あれは夢じゃなかったんだよと話してあげよう。
 その頃にはは私もいっちょまえの魔法使いになっているかな?
 私は新たに巻かれた腕輪にそっと手を触れる。
 あれからだいぶ日が経ったけどヤツは私の前にまだ現れない。
 事後処理が大変なのかもしれないけど――ヤツのことだ。そのうちまたひょっこり現れるに違いない。あの独特の喋りを聞かせながら。そしたらまた騒々しい日々が始まるのだ。  だから今はひとときの休息を楽しもう。
 私は貰ったお菓子をほおばると満面の笑みをこぼした。

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