「結局、迷ったってことね」
原因を見つけたのは俺じゃなく、温海だった。
何もかも包み込むような声に、一瞬だけ、母性というものを感じてしまうが。
次にこぼれた言葉は、
「で? 死ぬの? 生きるの?」
人生の選択だった。
俺は少し間を置き、そして。
「みんなと……一緒にいたい」
そう、意志を述べるが、
「そんなの許さない」
温海とは違う、女性の声が俺を否定した。
「人殺しただけならまだしも。こんな、最期まで人を踏みにじるヤツと一緒に死ぬなんて!」
「roze?」
「あたしだって怖いわよ。でも自分の選択が間違ってないって……そう思いたいの! なのにコイツは」
睨みつける彼女の目に湖が揺らぐ。
はっとした。
「どうして? 何で壊すの? 最期くらい夢を見たっていいでしょう? だからイヤよ。絶対イヤっ」
俺は、その時になって。
自分がさっき言ってしまった言葉を。
その重みを知った。
俺は「死」に未来を抱いていた彼らにとって。
一番言ってはいけないことを……言ってしまったんだ。
「消えて!」
厳しい声が、突き刺さる。
「ここで死ぬなんて許さないんだから! どっかに行ってよ!」
rozeがありったけの声で威嚇した。
俺を、突き飛ばす。
体が、よろめいた。
「消えてよ! いなくなってよ!」
「ちょっと落ち着いて……今更責めても、ね」
おじさんはそう言ってなだめるが。
「うるさい! イヤったらイヤなの! もう何も聞きたくない!」
rozeは言葉を蹴りとばした。
困ったおじさんは俺に何か言おうと近づくが。
「おじさんっ」
動いたのは、ユウキだった。
行く手を阻むようにおじさんに飛びつく。
「僕も……イヤだ。この人と一緒にいたくない!」
おじさんの胸の中、ユウキは何度も首を振った。
はっきりと拒否を示す。
その素直さが、俺の胸を締めつけた。
息も、できないくらいに……
「この人と一緒に死ぬなんて絶対イヤだ!」
「……」
しばらくして、おじさんはため息をつく。
彼自身も、思うところがあったのだろう。
「本来なら管理人さんのこと、広い心で許すべきなのかもしれませんが……すみません」
それでも、申し訳なさそうにおじさんは謝った。
三人の答えに温海は、
「多数決、か」
一度視線を地面に落としてから顔を上げる。
「仕方ないわね。残念だけどここは諦めて。私も今回の計画に賭けてるの。絶対失敗したくないし」
そう言って俺の肩をぽん、と叩いた。
「悪く思わないで」
温海が背を向けて一歩を踏みだす。
それを合図に、他の三人が踵を返す。
一度も振り返ることはなかった。
彼らが俺のもとを去っていく。
……そんな。
俺はまた……ひとりぼっちになって、しまう。
ぽつ、ぽつと降り始める大粒の雨。
最初に感じた、俺の天気予想は大当たりだった。
雲どうしを伝う稲妻。
その光があの時と同じ衝動を掻きたてる。
強さを増す雫の数々。
その重さが、俺の心を映しているかのようだった。
自分が起こした過ち。
修正すら効かない現実。
俺は孤独を選ぶしかないのか?
そんなのはもう沢山だ。
だったら。
俺は足下に落ちた果物ナイフを拾うと。
一番近くにあったrozeの腕を掴んだ。
彼女を引き寄せる。
すくい上げるように腰に手を回した。
逃げないように。
「な…どこ触ってるのよ。離せっ」
「うるさい黙れ!」
一喝してrozeを黙らせる俺。
腹の底からの声に彼女の体がびくんと揺れた。
「あんたらが望むとおりにしてやるだけだ!」
最初、彼女が夢見たように。
迷惑をかけずに、綺麗に。
せめてこの手で、死なせてやる。
ナイフをrozeの首元にあてた。
握った手が雨の滴をはじく。
刃が稲光に鈍く反射した。
「ひ」
小さな悲鳴が雷鳴に混じって、消えていく。
取り残された三人は突然の出来事に息を呑むことしかできずにいた。
俺は……何をやっているのだろう。
こんなつもりじゃなかったのに。
思い通りにならない苛立ちが相反する行動を引き起こしている。
どしゃ降りの雨で森がけぶっていた。
自分の体温がしんしんと冷えていくのが分かる。
心も、冷えていく……
rozeの体が震えていた。
少し前、抱きしめる前に見た憂い顔。
それに今は、怯えも混じっている。
それが彼女の本当の気持ち、なのかもしれない。
「ごめんな……」
怖い思いをさせて。
けど、俺も怖いんだ。
一人で苦しませないから。
すぐ追いつくから。
だから……
俺がナイフを持つ手に力をこめた。
その、刹那――
全身に感じる違和感。
体がびりびりする。
毛が逆立っていた。
何だ? この感じ……
それは俺だけじゃなかった。
ここにいる全員が自分の体に起きた変化に不審の色を示していたのだ。
そして、
「まずい」
上空を見上げ、何かを察知した温海が、鋭く叫ぶ。
「ここから離れて!」
「え?」
「いいから早く!」
ユウキとおじさんが俺から離れていく。
温海の指示どおりに。
「な」
俺は戸惑いを隠しきれないまま、立ちつくした。
その隙を、rozeは見逃さなかった。
細い体が俺の腕をくぐりぬける。
「こっち!」
温海がrozeの腕を強く引いた。
だめだ、離れるな。
rozeを掴もうと、手を伸ばす。
けど……届かない!
そして、
「伏せてっ!」
温海が叫んだのと、ほぼ同時に。
閃光が、網膜を直撃した。
衝撃を体で感じ取る。
大地を突き抜ける轟音。
世界が白に塗りつぶされた。
体がしびれたのは一瞬のこと。
鉄の味。焦げた匂い。
右手がひりひりする。
空気は殺気立ったままだった。
……ああ。
雷が、落ちたのか。
俺の体を道しるべにして。
俺は死ぬ……のか?
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