第六章 最初の犠牲者(U)
「ここは年寄りの私が先です」
「甲斐性なしは黙れ! あたしが先よ」
rozeの心ないセリフがおじさんに突き刺さった。
う、とよろめくおじさん。
それを押しのけ温海が飛び込む。
「は。キスぐらいでうろたえてるガキが。ほざくんじゃないわよ。」
声を詰まらせるroze。
だが、そんなことで女はへこたれないらしい。
「なにを! この年増ババア」
とうとう女性陣が取っ組み合いのケンカを始めてしまった。
おじさんが必死で止めようとするが、
「ジャマっ!」
二人の声と共に、あっけなくはじかれてしまう。
ユウキはというと……どうしていいか分からず、わんわん泣いていて。
「ケンカはやめてよー。僕が先に逝くんだよぉ」
俺は目の前の修羅場に頭をかかえる。
何なんだよ、これ。
どう、みても。
不毛だ。
「あのー。勝手に順番決められても……困るんですけど」
彼らの誤解を解こうと、俺はたどたどしく声をかけるが。
「うるさい!」
そろった四人の声がいやってほど綺麗に突き刺さる。
出鼻をくじかれたよ、俺ってば。
それでも俺は、あんたらを殺すつもりなんてないんだけど、と訴えかけるが。
だめだ……誰も聞いちゃいない。
彼らは殺される順番を決めることにもう夢中で。
「やっぱりここは公平にじゃんけんで勝負すべきでは?」
おじさんがぐっと握り拳をつきあげる。
「賛成。ユウキもそれでいい?」
「うん」
同意する子供達。
温海はというと、
「私はイヤ。さっきから言ってるでしょ。一番にしないとみんな後悔するって。それでもいいの?」
「んなこと言ったってさ。もう多数決で決まったからしょうがないじゃん。一番になりたいならあんたが勝てば?」
「……わかったわよ」
しぶしぶながらも了承する。
「じゃあいくよ。最初はグー、じゃんけん……」
「だから待てって!」
何故、そんなに死にたがる?
四人の口から威勢のいい声が上がった。
ポップーコーンがはじけたようなその音は、夜の森を跳ねていく。
俺は果物ナイフを捨て。
出した手のひらが、彼らの出した拳に割り込んで……
あ、勝っちゃった。
いやいや、そうじゃなくて。
「あんたら一体何なんだよ! 俺は人殺しにきたんじゃないって言ってるだろうが」
「今更そんなこと言ったってこっちが困る! どうしてくれるのっ」
間髪入れずに返したのはrozeだった。
ガラス玉のような瞳をぎらぎらとさせた彼女の声は低く、荒々しい。
「あたしたちは静かに綺麗に逝きたいだけなのに。殺す気ないなら、最初っから変に刺激しないでよ! このバカ!」
「バカ……?」
「そうよ」
彼女の、妙に正当化された言葉が俺に突き刺さる。
しかも。
「そうだよ!」
ユウキまで便乗して俺を責めてきた。
「僕だって迷惑かけないように必死だったのに……『殺される』なんて考えてなかったんだから! それでもガマンしようって決心したんだから! それなのに。殺さないってどういうこと?」
「いや、だから……」
「意気地なし! それでも殺人犯かよっ! 責任持てよ」
勢いに乗った逆ギレ少年はここぞとばかりに悪態をついてくるものだから。
さすがにカチンときた。
「ちょっと待て」
さっきから変に刺激するなだの、責任を取れだの。
勝手なことをほざいてるが。
ふざけるな。
もともとは、そっちが原因だろうが。
冗談じゃねぇ!
「それはこっちのセリフだ! こっちはあと少しだったんだ。なのに、あんたらがカレーなんて作るから!」
「ひどいよ。カレーのせいって……それって僕のせい? それって逆恨みじゃん! そっちだって『自分は管理人だ』って嘘ついたくせに!」
「そうそう。人も殺しちゃっていますからねぇ……」
と、さりげなくツッコミを入れたのはおじさん。
「しかも証拠隠滅に逃亡! あたしらまで騙すなんて、ホント腐ってる! 人間として最低っ。クズよクズっ」
「何だと?」
声を荒げる俺に。
「だって。人殺しじゃないか! 世の中で一番やっちゃいけないことじゃないか!」
そうやって、ユウキがとどめを刺すものだから。
勢いに任せるがまま、俺は。
「うるせぇっ!」
車のサイドドアを蹴り飛ばした。
揺れる白の車体。
残った俺の、足跡。
少年少女の体がびくっと揺れた。
「ああっ! 借り物なのに」
と心配するのはおじさん。
だが、俺はそれを鼻息で吹き飛ばす。
「ああん? それがどうした? どうせ死体積んでおじゃんになるんだろうが」
小さな悲鳴と共に、おじさんの体が、のけぞった。
蹴った足の甲が痛かった。
だが、それよりも体が熱い。
心がひどく……痛い。
「おい、ユウキっ」
「は、はいっ?」
「俺が人殺したから、だから自分の方が格が上だと思ってるのか?」
「え……」
「自分の方が理性があると思ってるのか?」
その質問にどきっとしたような顔をするユウキ。
目が泳いでいた。
「だって……」
「自分を殺そうって思ってるヤツが何言ってもいいって思ってるのか?」
「それ、は」
「答えろ!」
俺の啖呵にユウキの、その顔がすうっと青ざめ。
脱兎のごとくrozeの背中へと逃げていく。
本当、予想通りというか、何というか。
俺は口元を右上がりにする。
「そうやって他人の後ろでほざくことしかできないガキが、いっちょまえの口きいているんじゃねぇよ!」
「ひっ」
かろうじて大人である俺の理屈に、少年の強気が、折れた。
だが、それだけでは済ませない。
「ああ、そうだ」
わざとらしく思い出したフリをすると。
rozeへと近づいた。
「……何よ」
明らかに警戒心を見せるroze。
だが、彼女の膝はかすかに震えている。
その後ろでユウキは更にびくびくしている。
「死体はみんな白いとか青いとか言ってるけど、そんなのは寒い日だけだ。雨に打たれれば水吸ってぶよぶよになるし、夏場は腐ってハエがたかるし。しかも自殺で死ぬ瞬間の顔なんて、苦しむの分かっているから目元はひきつってるわ、口元は歪むわ」
「ひぃっっ」
俺のウンチクにしゃっくりのような声を上げるユウキ。
「それ以上言うな!」
rozeが耳を塞ごうとしたので、俺は腕を伸ばし動かないように固定する。
「やめろっ、離せっ」
「そうそう。俺たち、カレー食ってたよな?死んだら筋肉なんて、締まりがなくなるから、消化次第で……」
「いやあああっ!」
roze絶叫が森の中を滑っていく。
それで、言葉の続きを遮るつもりなのだろうか。
「……ばっかじゃねぇ」
言葉が漏れた。
俺の腕を振り払い、ユウキを放り出して、自分の気持ち悪さを堪える少女。
「何が迷惑かけない? 自分だけ綺麗に死にたい? それこそ糞だ。戯れ言なんだよ。そんな姿、誰にも見られたくないって言うなら」
そうさ、俺みたいに。
「本当に一人になってから死ねっての!」
現実は、もっと冷たくて、残酷なのだから。
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