「あんたやっぱり逃げようとしたのね?」
「いや、それは……」
温海の視線をかわし、かぶりを振るroze。
その態度に確信する温海。
「つくづく根性腐ってるわね。今更逃げるなんて」
「でも思い直したんだから……ちゃんと戻って来たからいいじゃない」
そうよ、とrozeは自分に言い聞かせるように言う。
開き直る。
「あたしよりも根性腐ってるのはこいつの方じゃない!」
そう言ってrozeは俺の顔に人差し指を突き出した。
「こいつ、あたしの気持ち利用したのよ。車貸すって言ったのも、逃げる手引きしたのも、警察に自分のいる場所ごまかすためなんだから」
「何ですって?」
rozeを掴んでいた温海の手が離れる。
「しかもあんなコト……」
rozeの頬が徐々に赤みを増す。
その理由に気づいたのはユウキだった。
「そういえば……管理人さん、さっきrozeにキスしようとしてたんだ」
「はぁ?」
ユウキの発言に温海は無愛想な反応だったが。
周りの空気が切れそうな感じを俺は受け取っていた。
瞬時に俺にガンを飛ばす温海。
げげっ。
これってロックオン状態。
「ほぉ……女の気持ちをたぶらかすなんて。最低な」
「そう、こいつ最低なの。嘘つき! 裏切り者」
女性陣の言葉が針となってぶすぶすと突き刺さっていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。話をちゃんと聞いて……」
後ずさりをした俺に、
「あのー」
のんびりと俺に聞いてくるのは……やっぱりおじさんだ。
「おじさん、ちょっとジャマ!」
rozeがおじさんを一蹴すると。
「みなさん、気づきませんか?」
おじさんはそれこそ気になるセリフを口にする。
「コレって……普通に考えたら大変なことですよね」
だから何? rozeがうざいといわんばかりにぶっきらぼうな声を出すと。
「私達、殺人犯に会ったんですよ? しかも証拠まで持ってきちゃって。普通犯人はそれを隠そうとしません? 現に凶器だって……ほら」
おじさんは体にぶら下がった俺の手を指でさす。
そこには血に濡れたナイフが、収まったままで。
「犯人が持っているわけだし、どう見ても私達の方が分が悪いかと」
「!」
おじさんの思わぬ発言に。
rozeははっとする。
俺は誤解を解こうと、とっさに武器を放棄しようとするが。
遅かった。
すでにrozeは自分の身を守ろうと温海の後ろにまわりこんでいる。
「あたしたち、激ヤバな状況じゃん……殺されちゃってもおかしくないじゃん」
「みたいね」
盾にされたのが不服なのか、温海は不機嫌顔だ。
「みたいね、って。ちょっとは危機的状況感じなさいよ!」
「だったら私から離れなさいよ」
「それとこれは別でしょうが!」
……そんな二人のやりとりをおじさんはさして気にもせず。
それで、と簡単に話をまとめてしまうと、
「私達だけ見逃してくれるってことは……無理ですかね?」
と聞いてくる。
「私達、管理人さん……じゃなかった。ミヤマさん? まぁどっちでもいいや。とにかく、私達はあなたに何の害も与えませんし。
ほら、どっちみち死ぬわけだから目撃者もいなくなるんだし。そのまま逃げてもらえませんか?」
「え?」
それは困る。
せっかく、最期を共にできる仲間ができたっていうのに。
また一人で死んでくれと?
「それはちょっとムリ……かなぁ?」
思わず本音を落としてしまう俺。
その答えように、
「無理なの? ここまで知ったらあたし達……殺されちゃうわけ?」
rozeが不安げに俺を見上げ、
「そうね。ベタな展開でいうならそうかも。でもいいんじゃない? 結果は同じなんだし」
温海のクールな言葉が耳を通過し、
「イヤだよ。殺されるなんて。僕イヤだっ」
ユウキが絶叫する。
「まぁ……これもなりゆきっていうか、運命なんでしょうね。温海さんのいうとおり、大人しく観念したほうが」
そしてすっかり腹をくくるおじさん。
いや……そういうことじゃないんだけど。
俺は彼らの誤解を解こうとするが。
それより先に、彼らが勝手に運命を決めつけちゃっているものだから。
言葉が続かない。
しかも。
「で? 誰が最初にヤラれちゃうの?」
温海の問いかけに誰もが固まった。
恐ろしいほどの静寂。
おい、と突っ込むのをためらうくらいの……この空間。
誰が最初に殺される? って。
ふっ、と温海が俺に向かって笑みをのぞかせる。
ぞくっときた。
何だろう、すごく嫌な予感が……する。
「そうね。誰も候補がいないなら、私からヤってもらおうかしら?」
……おそらく。
開いた口が塞がらないって、こういうことなのかもしれない……
「いい? ちゃんと心臓を狙って刺すのよ。一発で決めなさい。でないと、大変なことになるわよ……」
そう言って俺の前に仁王立ちする温海。
「後悔しないうちに、さあ!」
不敵に笑う姿は度を超えてホラーにしか見えない。
やばい。
こいつ、マジでやばい。
こっちが身の危険を感じてしまいそうだ。
だが。
「いや、殺されるのは私です。みんなは逃げて」
意外な横やりが入った。
おじさんが温海の前に立ちはだかったのだ。
「君たちはまだ若い。やりなおせる。死ぬのは私だけで十分だ」
さあかかってきなさい、とおじさんが両手を広げるけど。
その笑顔はどうみても自己満足、ですよね?
さらに。
「何カッコつけてるのよ。おじさんだけ『死に逃げ』なんて許さないから」
rozeがおじさんを容赦なく突き飛ばした。
「ここはやっぱり若い者順でいこうよ、ね?」
rozeはダンスに誘うかのように、俺の腕を取ると、
「あたしの気持ちわかるでしょ? どうせなら痛いとか怖いとか思う前にあっさりと……即死でお願いっ」
上目遣いで訴えかける。
その真剣な眼差しに俺はまた吸い込まれ……
って違うだろ。
思わず自分にツッコミを入れてしまう。
そして。
「ちょっと待って。一番年下って僕なんじゃあ……」
とうとうユウキまでもが茶々を入れてきた。
「何よ。あたしが先なんだから。レディーファーストって言葉くらい教わったでしょ? 男なら黙って見てなさい!」
「ヤダよぉ。みんなが殺されるのを見なきゃならないなんて僕……絶対にイヤだっ」
「うじうじしてるんじゃないわよ! だからいじめっ子がつけあがるんだって」
「だってぇ……」
めそめそと泣きじゃくるユウキ。
その様子にたまりかねたのは温海の方だった。
「泣くんじゃない! 負けたくないならあんたも度胸を見せなさいよ」
……結局、女性陣の言葉が少年にハッパをかけたわけで。
「わかった。じゃあ僕を最初に殺してよ」
俺はがっくりとうなだれてしまう。
嗚呼……もうめちゃくちゃだ。