車の外で抱き合って震える少年少女。
開いたままのドアから、首だけが姿を見せる。
それは、どっかの映画でみた、髪の長い、ねちねちと主人公を追い回す……
「幽霊っ!」
その声に、木の影に隠れていた俺もびくっとしてしまう。
「ぎゃああああっ、来ないでっ」
少年少女の恐怖が悲鳴に変換される……が。
「……何騒いでるの?」
それは髪をほどいた温海だった。
とはいえ、その這いつくばった感じといい。
大昔の音楽家のように広がった髪の毛といい。
離れて見ててもかなり怖いぞ、これは。
「温海……さん、なの?」
おそるおそる問いかけるユウキ。
「だから何?」
明らかに不機嫌そうな答え方をした温海は、うねる髪を掻き上げ、のろのろと起きあがる
車から降りる。
寝起きだったのか、声がしゃがれていた。
rozeはがっくりとうなだれ、そして。
「もう!」
何なのよ! と言葉を温海に突き刺した。
「這いつくばって近づくからびっくりしたじゃない! 何でそう怪しそうな行動するわけ?」
「……いちいち大声出さないでよ。頭ガンガンする……」
「で、おじさんは?」
rozeの問いかけに温海は、
「ああ、おじさんなら……」
と言いかけ。
ん?と違和感のある声を出す。
口元に指を沿わせ、
「あら、血が」
と言葉をこぼす。
彼女の肩にかかった上着が、ずる、と滑った。
それはおじさんが着ていたもので。
「まさか……」
ユウキの声が、震えた。
「食べちゃったの?」
「は?」
「ひどいよ! いくら何だって、そんな……おじさん食べちゃうなんて!」
「はぁ?」
温海はいぶかしげな目でユウキを見るが。
彼女は一瞬、目を見開いた。
反射したライト越し、はじめて見る。
彼女の驚いた顔。
それを引き出したユウキは、体を強ばらせていた。
「僕のせいだ……僕が……僕がおじさんを」
温海は首をかしげた。
様子を確かめようと、ユウキの頬に手を触れようとするが。
「わあああああっ!」
それより前に、狂ったような悲鳴が耳をつんざいた。
少年は一歩下がり。
踵を返すと、俺の来た方向とは反対の場所へ走り出す。
車のライトが照らす、その先へ。
「ユウキっ!」
慌てて追いかけるroze。
すぐに追いついた。
五メートル先、ユウキの走る方向から突如、何かがぶつかって。
少年の足が止められたのだ。
しかも、受け止めたのは……
「おじさん!」
「ああ、帰ってきた。あまりにも遅いから、先に死んじゃうところでしたよぉ」
さすが鈍感のスペシャリスト。
おじさんは土と草にまみれた二人の姿を見てもマイペースを崩さない。
しかも、近くで探検ごっこでもしてたんですか? いいなぁ、なんて言うものだから。
ユウキの体がぷるぷる震えた。
「ばかぁっ!」
半べそをかきながら、少年は威勢のいい声で怒鳴る。
「本当に食われちゃったかと思ったじゃないか!」
「え?」
おじさんはいまいち状況が呑み込めないようだ。
rozeは大人二人を交互に見比べると、もう、と言葉を漏らした。
「二人とも何やってたのよ」
「何って……貧血起こしたのよ。昨日から何にも食べてないから……フラフラで」
「なので私は何か食べるものはないかと外に出たわけで」
おじさんは温海の持っていたペンライトとキノコの本を、ぱたぱた揺らす。
スーツの上着を残したのは、温海へのささやかなやさしさ、だったらしい。
rozeもユウキも、唖然とする。
「じゃ温海さんの、その血は……?」
「ああ。倒れた時に唇噛んじゃったみたいね。もう止まったけど」
がくん、とユウキの膝が折れた。
「ホント……まぎらわしいことしないでよ」
まったく、とrozeがぼやく。
ユウキもほぉっと、息をつく。
が、すぐにはっとする二人。
「って。そんなことよりも大変!」
「そうだよ! 管理人さんが犯人なの!」
「はぁ?」
ユウキの言葉に思いっきり眉をひそめる温海。
言葉が足りなかったようだ。
それを埋めるかのようにrozeが簡潔に説明する。
「ほら、さっきテレビでやってたニュース! Y市で胸刺されて死んだおじいちゃん。管理人が殺したのよ」
「何ですって?」
温海が声を荒げた。
貧血が一気に吹き飛んだのか、背筋をぴんと伸ばす。
さすがに空気を読んだらしい、おじさんの表情も真剣なものへと変わっていく。
「でもどうして……何で分かったんですか?」
「これ!」
ユウキが自分の着ているシャツを大人達に見せつける。
「このシャツ、管理人さんのなの。胸についてるの、血だよ」
「それにあいつの乗ってた車がテレビに出てた……ナンバーも同じだったし。凶器も車の中にあったし」
「……本当なの? 何かの間違いじゃないの?」
「本当だって!」
rozeの証言に、おじさんは口元に手をあてた。
考え込み……しばらくして、首を横に振る。
「やっぱりつじつまが合いませんよ。犯人はY市に一緒に住んでいる孫で、でも管理人さんは東京在住で」
「違うよ」
前触れもなく、答えが彼らに突き出される。
立ち位置上、唯一俺と目があったおじさんはひゃあっ、と声をあげた。
俺は彼らに近づく。
他の三人が振り返った。
緊張した、強ばった顔が目に映る。
「俺は管理人なんかじゃない。あんたらが勝手に間違えたんだ。俺はこの『森』の管理人だって……言ったつもりなのに」
まぁそれも嘘なんだけど、と俺は続ける。
少しだけ、緊張が抜けた。
でも、彼らの緊張はよけいに広がるのは仕方のないことで。
「じゃあ、本物の管理人さんは……?」
張りつめた空気の中、おじさんが問いかける。
「さあ? 俺も知らない」
その返事に温海は少し考え、
「本当に殺したの?」
と聞いてくる。
俺は素直に答えた。
「ああ」
この手で、殺した。
温海がふう、とため息を漏らす。
無造作に前髪をかき上げる仕草。
困った、というよりやっちゃったか、というような表情。
「で。青年は逃げてる途中に私達に会っちゃったってこと?」
「まぁ」
「でも、私達が集団自殺するって知って、この場から逃げようとした。だからrozeに車運転させるなんて誘って。まんまと逃げるつもりだった?」
「いや」
それは違う。
「もともと、逃げようとしたのはrozeだったんだけど」
なぁ? と、俺は話を振ると。
rozeがまずい、といわんばかりに俺達から背を向け。
そおっと抜け出そうとする。
すかさず温海のレーダーが反応した。
「rozeぇ!」
rozeの襟元を背後から掴む温海。
猫づかみされた状態で、rozeはひくっ、と目元を引きつらせる。
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