くるくる回るパトランプ、いつもより多い車の数。
そして「KEEPOUT」と書かれた黄色いテープが玄関に張り巡らされていた。
若い女性アナウンサーがテープの前で、手元の原稿をそのまま読んでいく……
<えーY市で起きた事件の続報です。今日の夕方、この家に住んでいるミヤマさんが胸に血を流して死んでいたということですが……
その時間、ミヤマさんが二十歳になる孫と口論しているのが聞こえたという情報が入ってきました。まずはVTRをご覧下さい>
画面がふっと変わる。
洋風の家のドアの前、そこにたたずむ二人の男女。
あれは一年前隣に越してきた中年夫婦だ。
俺を見るたびに眉間にシワを重ねた傍観者。
報道陣に向かって必死に喋っていた。
隅っこに、じいちゃんの笑顔が別窓で開かれている。
それはごく小さい画像、でも。
俺はカーナビからそっと目をそらす。
汗ばんだ手をぎゅっと握りしめる。
<あの時何か怒ったような声が聞こえて……何を言っていたのかは聞き取れなかったけど。あれは二時頃、だったかな? なあ>
<ええ。部屋の窓閉めていたんですが、何か騒いでるってのは台所にいても分かりました……その後ガシャーンって何かが落ちる音がして>
フラッシュバック。
胃液が一回、喉にせり上がる。
<……それから少しして、かな? 車が出ていく音がしたんですよ。まぁね、お孫さんとの仲が悪いようだったから、ケンカはいつもの事だと思って……ええ、近所では有名でしたから。でもまさかあんなことになるなんて……ねぇ?>
音が突然切れた。
少しの間。
最初に出ていたアナウンサーの声が再び流れる……
<これら情報から、警察は被害者とその孫の間で何らかのトラブルがあったのではないかとみています。
そして現在被害者の孫は車で出かけたまま行方が分からないということで、見つかり次第事情を聞く模様です。現場からは以上です>
ありがとうございました、と別の男性の声がスピーカーから流れた。
トーンは高めだが、落ち着いた喋り口調。
スタジオにいるニュースキャスターにカメラが戻ったようだ。
男性はこの報道について淡々と語り始める。
<えー、最近は子供が親を殺してしまう、あるいは親が子供の命を奪う、といったような家族内の殺人事件が増えてきていますが……
コメンテーターの○○さん、この場合もそういった類、なのでしょうか? >
<そうですね……この情報だけでは何とも言えませんが、その可能性も含めて、警察は慎重な調査を進めているのでしょう。
ひとまず、被害者の孫は被害者の死について何かしら知っているのでは、と考えた方がいいのかもしれません>
いぶし銀を思わす渋い男の声がキャスターの問いかけをやんわりとかわす。
コメンテーターは一見、「まだ犯人とは決まったわけではない」ことを臭わせる言葉を選んでいるけど。
コイツが、被害者の孫が一番怪しいのだと、本心では言っているように俺には聞こえた。
それを裏付けるかのように、
<あと……ちょっと気になったんですけど>
コメンテーターは話題を振る。
<孫が乗った車ってこれじゃないんですかね? >
<と、いいますと? >
<最初に被害者の写真を見たとき思ったのですが……後ろに映っているの、車のワイパーじゃないですか? >
俺はびく、と体を揺らがせ。
思わず顔を上げた。
目の前の画面には、テレビで何度も見たことのあるコメンテーターのアップ。
声にマッチした渋い顔が目に映った。
その後画面が引き、キャスターとツーショットの位置に落ち着く。
身を乗り出して話を聞いていたキャスターが、
<すみません、もう一度被害者の写真を見せていただけますか? 今度はもう少し引いた感じで>
と、視聴者には見えない番組スタッフに声をかける。
画面が変わる。
3度目に見る家の庭。
じいちゃんの全体を写した写真。
その全貌が明らかになる。
「……!」
あれは家に初めて車が来た日。
カメラのフィルムが余ったからと庭で撮った一枚だ。
車の前に立ったじいちゃんは、まだ笑っていた。
交通安全のお守りを手にしている。
その無邪気な笑顔が俺の心臓をえぐる。
スタッフのミスなのか、車のナンバーにモザイクはかかっていなかった。
「ち・380」が公共の電波を通して全国に知れ渡ってしまう。
今現在、殺人犯(かもしれない男)を乗せている車として。
rozeの口からあ、と言葉が漏れる……
<これは……>
この情報は他の局を出し抜いたらしい。
キャスターは興奮気味な口調で語った。
<近隣の住民の方、注意して下さい。犯人は白い乗用車で逃走しています。車種は……>
番組のジングルが冷たく鳴り響く。
あっさりとCMに入った。
洗剤の歌が車内を空回りする。
ごくり、とつばを呑み込んだのは俺だったのだろうか?
そのくらい、頭が真っ白になっていた……
「……あの、さ」
たっぷり間をおいたあとで。
ユウキが運転席にいたrozeに声をかけた。
俺と目を合わせたくないのか、助手席の真後ろに隠れるように座っている……
「ずっと気にしないようにしていたんだけど……さ」
な、何かなぁ? 振り返ったrozeが朗らかに問いかける。
だが「なにか」の「にか」で声を下げ、「なぁ」で語尾が上がって。
様子がおかしいのは明らかだ。
俺の心臓の血がいつもより速いテンポで流れる。
激流のごとく。
「さっき映っていた車……これと同じような……気がするんだけど」
「つーか……ナンバー……そのまま? それにあのお守り……」
悲しいことに、rozeはテレビと同じモノがフロントガラスについている事に気づいている。
二人の間に恐怖が滑り込む。
まずい。
「あ、のぉ」
それでも。
がんばって二人に笑顔を見せてみる。
だが、二人には獲物を狙うライオンにしか見えなかったらしい。
びくん、と体を揺らがせ。
rozeはドアに。
ユウキはリアシートの背もたれに張りついてしまった。
明らかに警戒されている。
と。
「!」
ユウキの肩が揺れた。
座席シートに手を載せた瞬間、何かが当たったらしい。
「それ」に触れたまま。
ユウキの首が、ぎこちなく動く……
rozeがそれを追いかける。
二人の目が見開いた。
座席シートに転がっていたもの。
それは車内灯の光を浴びて鈍く光る果物ナイフで。
黒ずんだようなシミは……じいちゃんの血で。
俺の体がフリーズする。
少年少女の、張りつめた空気が一気に爆発した。
「わああああっ!」
「いやあぁぁぁぁ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! これは……」
俺はなんとか説明しようとするが。
舌がうまく回らない。
「あの、話を聞いて……」
「いやあっ! 人殺しっ」
ユウキが身をよじって自分を守っていた。
悲鳴が俺の脳天を直撃する。
困った俺はぎこちなく首を回してrozeを見るが。
体が揺らぐ。
「触らないでっ!」
彼女の畏怖の目が俺を更に醜く映していく……
目の前の恐怖に自分自身を抱くroze。
でも。
少し前に、目の前の男に抱きしめられたことを思い出したのか。
青ざめる。
「やだ……」
まだ残った俺の感触を払おうと、手で削ぎ落とす仕草をする。
「来ないでよ……来ないでっ!」
rozeが車から飛びだした。
「ま、待って! 置いてかないで!」
ユウキがあわてて追いかける。
二回目のドアの開閉音を聞き。
一人になって、俺の体がようやく解凍される。
反射的に車から飛びだした俺。
二人を捜した。
闇が俺を取り囲む。
それは、とても深くて……
何かを掴もうとした手が、空を切る。
そりゃあ殺人犯と遭遇したらパニックになるのは仕方がないのだろうけど。
正しい判断といえば……そうなんだろうけど。
二人の反応は俺の予想を遙かに超えていて。
「……どうしよう」
俺は……途方に暮れた。
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