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 第二章 最後の晩餐


 ちょっと前。
 ネットの掲示板で知り合った奴らが集団自殺をするってニュースを見たことがある。
 だが、本当にこんな所で会うとは予想もしなかった。
 ひとりよりみんなでなら怖くないという心理は、連帯感を作らせ、個人の決心を迷わすこともない。
 集団自殺。
 今までの自分なら、その行為は弱いものだと思っていた。
 自分勝手で自己満足に他ならないと。
 でも、今は……


「ねぇ。さっきから何にやけているの?」
 ちょっとしか年の違わない少女が俺の顔をのぞき込む。
 やばい。
 自分の気持ちを悟られないように、俺は緩んだ顔を引き締める。
 こんな時に思うのも何なのだが。
 同じ思いをもった人間が俺の側に集まってしまったことが滑稽で。
 少しだけ嬉しかったりするのだ。
 己の意志の弱さを知ってしまった俺は。
 心から本物の管理人がいなかったことに、感謝してしまう。
 これは滅多にないチャンスだ。
 これを生かさないで、どうする。


 変な気合いが、俺を包みこむ。


 どうせ(意識がなくなるまでの)短い間の付き合い。
 とはいえ……俺が管理人ではないことがバレてしまっては困るわけで。
 こうなったらこのまま彼ら一緒に天寿を全うできるように、なんとか隠しておかなければならない。
 どうしたものかと、俺は考えを巡らせる。
 今までの彼らの言葉から、見たことのない「管理人」を想像する。
 が、俺は掲示板も、それに何が書かれていたのかも知らないわけで。
 うかつに喋ってしまっては彼らとの食い違いが出てしまうだろう。
 だったら、最初から黙っていた方が無難かもしれない。
 無言……か。
 そうだな、「ヤツ」は本来、内気な性格で。
 その反動で掲示板に毒を吐いてしまって……
 そこまで思って、可笑しくなった。
 皮肉だな。
 問題に対して、面白いように答えが導かれている。
 この冷静さが最初からあれば、全てはうまくいってたのかもしれないのに。
 さっき木登りをしたときも感じた、未知なる力が俺の不安要素をかきけしていく。
 でも、それは俺だけじゃないのかもしれない。


 これから死ぬとは思えないほど、彼らは明るすぎるのだ。


「そういえば、管理人には自己紹介してなかったよね」
 俺が合流したことで紹介を始める少女。
 彼女は自分はroze(ロゼ)だ、と名乗った。
 もちろんこれはネット上のハンドルネームであって、本名なわけ、ないんだろうけど。
「で、見れば分かるけど、あの男の子がユウキで、あの女の人が温海(あつみ)さんね」
 彼女の声に合わせ、ぺこんとおじぎをする少年。
 目だけ合わせた黒づくめの女性。
 そして、最後に残された中年男性に目を向けると。
「コレは例のおじさん」
 と、あっさりと一蹴する。
「ちょっと。何で私だけ『おじさん』扱いなんですかぁ? それでいいんですか?」
「だって名前、長くて言いづらいんだもん。見たままでいいじゃん」
「そんなぁ……名前だって本名なのに。紹介してもらってもいいじゃないですか」
「おじさんは掲示板でもさんざん自分のこと語ってるんだからさぁ、今更紹介もねぇ……正直、これ以上喋ってもらう方が困るんだけど」
「でも……」
 ねぇ、とおじさんは他に助けを求めるけど。
 ユウキも温海も、わざと目を合わせないでいる。
 どうやら相手にしたくないらしい。
 そんなに厄介者なのだろうか、この人は。
「……皆さん冷たいですよね。家でもいつもこうなんですよ。家族で男は私ひとりなんで肩身もせまくて。妻も私より稼いでますし」
 結局、相手にされないおじさんは俺に愚痴るけど。
「ぐたぐたうるさいっての」
 鍋から、ドスの効いた声がおじさんを直撃した。
 鶴の一声に中年の背筋が伸びる。
「で? おじさんは食べるの? 食べないの?」
「……食べます」
 紙皿を持って歩く背中が哀愁を漂わせているよ……おじさん。


 最後の晩餐が始まる。


 温海が作ったカレーの味は母さんの作るカレーとは微妙に違っていた。
 子供に合わせた甘口。
 でも、煮込みが効いているのか、野菜がいい感じにとけている。
 聞けば三時間前から鍋と格闘していたらしい。
 なんだかんだ言いつつ、温海は本格派のようである。
「温海さん。何かコーヒー以外の隠し味でも入れた?」
 満足そうにほおばるrozeが聞くと、
「まぁ、ね」
 温海は地面に目を落とす。
 追いかけるとそこに毒々しい色のキノコ発見。
「とりあえず食べられそうなものを入れてみたけど」
 ……俺たちの周りには不穏な空気が流れ込む。
「ちょっと。変なのとか入れてないよね?」
「失礼な。ちゃんと本を見て入れたわよ」
 と、温海は自分のバッグから本を取り出し、俺たちに見せつける。
 <食べてはいけない毒草・毒キノコ>
「でも思ったより見づらい本だったのよねぇ。写真も少ないし」
 本見てそれ以外を入れたってことだよな、きっと。


「あ」


 温海の持っていたバッグがスカートの上を滑り落ちる。
 バッグはちょうど一回転をして地面に着地したものの。
 中に入っていた全てのものがrozeの足下まで転がってしまった。
 何か重い物でも入っているのだろうか。
 彼女の前で低い音が広がる……
「あーあ。何やってんだか」
 rozeがあきれた顔で拾い始めた。
 こぼれたのはハンカチにペンライト。
 それと白い封筒……これは遺書、なのだろう。
 そして葉書よりひとまわり小さい紙切れ。
 裏返したrozeが目を丸くする。
「ねぇ。これって温海さんの家族? 結婚してるの?」
 俺達はその内容を見ていないから、何があるのか、もちろん知らないが。
 rozeの感想と、紙の大きさからして、人の写真のようだ。
「何かさぁ。旦那さん、明らかに温海さんより年下っぽいよね。子供はかわいいけど。この娘小学生?」
 その発言が何となく気になって、俺を含めた男達は身を乗り出す。
 だが、その前に温海が写真を取り上げてしまった。
「勝手に妄想広げてもらっても困るんだけど」
「違った? じゃあ、彼氏とその家族? それとも温海さんのきょうだい?」
「……ばかばかしい」
 ヒートアップするrozeを見ながら、温海は嘆息する。
「私は既婚者でも母親でもないし、ここに映ってる人達の家族でも何でもない。おあいにくさま」
 そう言って、あっさりと写真を握りつぶす温海。
 彼女の、あまりにも素っ気ない受け答えに、rozeの中の体温が一気に下がってしまったようだ。
「つっまんないの」
 舌っ足らずの、本当につまらなさそうな言葉が地に落ちる。
 そして最後に残ったのは。
 透き通るような色と深い海の色だけ。
「こっちは何?」
 気になったユウキが透明色の方を手に取った。
 ガラスでできた、少年の手のひらほどの高さの薬ビン。
 透明な方には白い錠剤、青いのには粉状のものが入っている、ようだが。
 青いビンを手にした温海は、
「そっちは睡眠薬。で、これが……」
 沈黙。
 しばらくして。
 温海が初めて笑った。
 何かをたくらんだような、気持ち悪い笑みに、俺はもちろん、他の三人もビビってしまう。
 ちらりとカレー鍋を見る俺たち。
 もしかしたらみんな、同じ事を考えていたのかもしれない。
 まさか死ぬ前に殺されること、なんてない……とは思うけど(願望)


 それでもみんなで食べるご飯はおいしくて。
 結局おかわりをしてしまった。
 家族の団らんのような、和やかな雰囲気が周りを取り囲む。
 みんな他人のはず、なのに。
 何だろう? この心地よさは。
 たわいのない会話に、思わず言葉をかけたくなる。
 ちょっとした事に、一緒に反応したくなるなんて。
 そんな中。


               
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