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 最終章 I'm going to……


「いたぞ!百万円っ」


 突然切り裂いた別の声。
 目を見開いた。
「は?」
 外来病棟の先。
 俺たちに向かって……人の波が押しよせている!


「うわああああっ」


 あっという間に囲まれてしまう俺たち。
「な、何なのよっ!」
 俺だけじゃない、声を出したrozeはおろか、温海やおじさんまでも顔を引きつらせていた。
 午前の診察前にしては外来客が多いし。
 パジャマ姿の入院客もちらほら。
 しかも、浴衣を着た観光客までいるではないか。
 その数約三十名ほど。
 好奇の目がちくちくと痛い。
 病院だってのに、彼らは携帯電話を手にかざしていて。
 パシャ、という音が輪唱のように繰り返されていた。
 あまりにも魔可不思議な行動、フラッシュの連続。
 俺は眉間にシワを寄せてしまった。
 何だ? 何かの撮影会か?


「何してるんですか!」
 騒ぎを聞きつけた病院スタッフがやっと割り込んできた。
 人の塊が、崩れる。
 やっとこさで、手足の自由を取りもどした俺たちだが。
「温海さんが変に狂ったせい?」
「な、失礼ね」
 いがみ合うrozeと温海。
 おじさんは酸欠状態になったのか千鳥足だ。
 そんな中。
 やっぱりあの子だよ、とか。
 テレビに出てたね、とか。
 メール送っちゃおうよ、と声が俺の耳に届く。
 そして気が付いた。
 カメラの先。
 そのどれもがユウキに向けられていることに。
 俺たちの視線も彼に向けられ、
「まさか……」
 心当たりがあるのか、ユウキの顔色が青みを帯びた。


 少年はくるりと踵を返すと、一番にもときた道をたどってく。
 避難もかねて、俺達も追いかけた。
 俺や温海が寝ていた病室。
 中に入ると、すでにユウキがテレビのリモコンに手を伸ばしていて。
 プチ、とつぶれるような音が耳に届く。
 古いブラウン管が徐々に明るくなる。
「あ」
 全員が口を開かずにはいられなかった。
 何故なら、テレビに映っていたのは……
「なんで?」
 ここにいるユウキ?
 正確にはユウキを撮った写真、と言った方が正しいのだろうか。
 二次元の少年はどこでも満面の笑みだった。
 カメラが静かに後退し、写真の周りが明らかになる。
 映ったのはユウキのお面をかぶった二人組。
 薄っぺらい顔が、はぎ取られ……
「なんで!」
 二度目のユウキの叫びは悲鳴に近かった。
 そこに現れたのはユウキの両親。


 夫婦芸人、「福笑」だ!


 彼らはいかにもコント帰りです、みたいな格好でカメラの前に立っている。
 シルバーの全身タイツは安っぽい宇宙人にしか見えなくて。
 ワイドショーの司会者によると、昨日の夜からありとあらゆるテレビやラジオの生放送に飛び入り参加していたらしい。
 更にお面のことを聞かれると、
「この子さがしてまーす。よろしくー」
 と明るくほざいてかわす。
 首にかけられたパネルには、
 <ユウキ星人は危険です。見かけた方はこの番組、あるいは最寄りの警察までご連絡下さい。見つけた方には賞金百万円! >
 とまで書かれていた。
 親の心配というか。
 芸人としてのプライドが彼らをここまで導いたというのか……
 ひねくれた趣向もいいところだな……これは。
 俺らは開いた口が塞がらなくて。
 ユウキはというと顔を真っ赤にし、戸惑い、口元が歪んで。
 でも、最終的には。
「何考えてるんだよ……これ、全国放送じゃん」
 そう言って頭を抱え、しゃがみこんでしまった。
「これじゃあ学校どころか、外にも出られないじゃないか」
 ネタやるなら死んだあとにして欲しかったのに。
 そう、本気で言うものだから。
 思わず笑いそうになってしまう。


「でも、これで正面からは出られないわね」
「そうですねぇ……」
 心配する温海におじさんが腕を組んでいると。
 遠くからサイレンが聞こえてきた。
 だんだんここへと近づいていくかのように音が大きくなっていく。
 病院でよく聞くピーポーではなく、ウーから始まるこの音。
 しかも消防車のような、鐘を鳴らす音はしない。
 ということは……
「おじさん、まさか一一〇番押して、本当にかけちゃった?」
 rozeの問いかけに首をめいいっぱい横に振るおじさんだが。
 ふと、何かを思い出したような顔をする。
「そういえば……警察にいた時、別のカウンターで高校生の娘が昨日から行方不明だって騒いでいた人がいましたねぇ。 何でも、娘の携帯GPSたどったらここまでたどりついたって」
「GPS?」
 rozeの顔色がさっと変わる。
 話題がそれたことに安心したのか、ユウキが興味津々でrozeに聞いてきた。
「何?rozeの携帯ってGPS付き?」
「そうだけど……でもここってほとんど圏外だよね? それに昨日壊しちゃったわけだし、使えないはずなんだけど……」
 おかしいなぁ、と呟くroze。
 だが、俺の顔を見たとたん、
「あっ!」
 何かを思い出す。
 メールを受けたあの時だ、と言葉が続く。
「あちゃー」
 rozeは額に手のひらを乗せ、うなだれた。


「……おじさん。あたしのこと、警察で言っちゃった?」
「いいえ。私はたまたま山道をドライブしてたら、温海さんに『急患だ』って止められただけだとしか……」
「そう」
 ため息をつき、おじさんの嘘に安堵するroze。
 だが。
「あ。そうそう、追いかけてたパトカーの人に一緒に病院に入った子供達は? って聞かれたんで、温海さんの子供じゃないんですか? って、とぼけちゃいましたよぉ」
 なんておじさんが笑うものだから、
「はぁ?」
 今度は温海がすっとんきょうな声をあげた。
「そしたら随分大きな娘さんですねーって、ウチもそうだけど、あまり似てない親子ですねーって……もう、話合わせるのに必死だったんですよ」
「あのさ。それって私とrozeが本当に母子か疑ってたんじゃないの?」
「え? そうなんですか? もしかしたら未成年者略取とか……?」
「ミセイネンシャリャクシュ? 何それ?」
 温海の側にいたユウキが首をかしげて問いかける。
「ああ、大人が未成年を連れ回す行動ですよ。誘拐の一歩手前というか……」
「阿呆ぉ!」
 温海の口から罵声が、飛んだ。

               
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