「あんたの証言じゃ、どうみても私が怪しい人間ですって言ってるようなものじゃないか!
普通に事実を言えばいいものを、何でそう話をややこしくするわけ?」
「温海さん何か怖い……」
さっきの威厳はどこへやら、びくびくと肩を揺らすおじさんに、
「当然でしょう!」
温海は息を巻き、指でこめかみを押さえた。
「……で? これからどうするわけ?」
彼女の問いかけに、俺以外の四人が顔を見合わせた。
そうね、そうだな、と。
それぞれの言葉が重なり。
「僕、帰ってあの人達止めなきゃ。これ以上恥ずかしい思いしたくない」
「あたしだって大ごとになる前に帰るわよ。警察なんて行かないから」
「というか、誘拐犯って……」
「私は警察行っても構わないんですけど……向こうで弁護士さん待たせているし……困りましたねぇ」
四人の視線が俺に集中した。
その並びは自分の五本指を家族にたとえた時と同じで。
俺は一抹の不安を感じてしまう。
「あの野次馬たちに人違いだって言っといてくれる?」
「警察に来た家族、適当にあしらっておいて。おじいちゃん引き取るついででいいから」
「本当のこと、ちゃんと説明しなさいよ。誘拐でも何でもないって」
「ああ、あとレンタカーの返却もお願いします。私、免停になっちゃったので」
……おいおい。
さくさくっと俺に頼み事しているけれど。
一応病人なんですよ、俺。
四人に囲まれた俺はぽそっと呟くけど。
「この程度なら今にも退院できるから。大丈夫」
俺の意見なんて何のその。
温海の太鼓判に頭がくらっとする。
「じゃ。あとは頼んだ」
彼らの声が、あの「うるさい」って言われた時と同じように。
綺麗なほど突き刺さるものだから。
俺はがっくりと肩を落とす他なかった。
嗚呼、なんてタチの悪い人達なんだろう……
それでも、俺には笑いがこみあげてくる。
パトカーの音は最も大きく聞こえたところで。
突然止んだ。
その意図を彼らは確信すると。
迷うことなく、病室の窓へと向かう。
自分たちの現実へ帰るために。
彼らは飛んでも大丈夫な高さだと確認すると。
砕けたガラスをよけながら足をかけ、次々外へと飛び立った。
ユウキ、温海、おじさんの順で。
ちょっとよろめいた感じはまだ頼りないけれど。
それは新しい旅立ちのようにも見えた。
そして、最後にrozeが飛び立とうとした時――
「あ」
彼女の動きが止まる。
「おじさん、ペン持っていたよね?」
貸してとrozeは言うと、振り返った。
ペンを持ち、迷わず俺に近づいてく。
唇を真一文字に結んだまま。
「な、何だよ?」
その勢いがものものしくて、思わず後ずさりしてしまう俺。
rozeが俺の右手首を掴んだ。
手に持っていたペンの先。
俺の腕に押しつけ、何かを描き始める。
「ひゃっ! くすぐったいって……」
「動くなっ。ちゃんと書けないでしょうが」
「はぁ……うぐぐぐぐっ」
俺は身悶えそうなのを必死でこらえ。
しばらして。
rozeの手により、俺の腕にアルファベットの羅列が刻まれた。
これ……
「あたしのメアド。機種変するまでちょっと時間かかるけど」
「え?」
「言っとくけど。友達から、だから」
その気の強い言い方が、妙に可愛らしく感じた。
ちょっと頬がピンクに染まったrozeに。
「うん」
俺は嬉しさの分だけ目を細める。
「rozeっ。何やってるの!」
先に降りたユウキのせき立てる声。
「今行く」
rozeが踵を返した。
ぴょん、ぴょん、と水とガラスの障害を乗り越え。
あっという間に窓を乗り越える。
宙を舞った。
飛び立つ姿は、まるで羽を広げた天使のようで……
「rozeっ」
俺は窓へ駆け寄った。
振り返った天使はもう一度振り返り。
最高の笑顔を俺に見せてくれた。
遠ざかっていく四つの背中。
時折、誰かが振り返って手を振った。
……彼らが向かう先は。
本当にややこしくて、決して楽ではない道なのに。
怖くて、淋しくて、また逃げたくなるかもしれないのに。
でもどうしてだろう?
彼らなら大丈夫のような、そんな気がしてしまう。
おそらく。
この先「こんなはずじゃなかった」って言いながら。
時には最悪の事態を描きながら。
傷ついて、粉々になって。
それでもしぶとく生きて、生かされて。
それぞれの道を歩いていく。
rozeが残したのは。
お互いの未来を繋げるための、小さな架け橋。
俺はそれに触れてから。
ちょっと前、「家族」と交わした約束を発信する。
「いつか、また!」
オーバーな位、手を振った。
彼らが建物の影に消えて、いなくなるまで。
そして。
ひとりになって、初めて天を見た。
雲一つない快晴。
空は届かないほど果てしなくて。
綺麗で。
蒼さが目に染みた。
太陽はまだ、目覚めたばかり。
全てから解放された朝が、始まろうとしていた。
(了)
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