……走馬燈ってヤツなのだろうか。
過去の自分がめまぐるしく動く。
高校の文化祭、中学の入学式。
小学校の運動会で一等賞を取ったこと。
毎年めぐる誕生日。
いいことばかりが俺の中でよみがえる。
そうそう、と思い出す。
物心ついたときから、家で何かしらあるとカレーが食卓に出ていた。
カレーは、俺の大好物だった。
母さんのカレー……美味しかったよな。
あれからいろんな所でいろんな人の作ったカレーを食べたけど、何かが物足りなかった。
俺の中では母さんのカレーが一番だった。
母さんは、隠し味に何を使ったのだろう。
最後まで分からなかった……
ぐるぐるる。
胃が悲鳴を上げる。
妄想が食欲をかき立てたようだ。
こんな時になっても自分の腹は正直だ。
まぁ、ここから飛べば、そんな欲求もなくなるのだろうけど。
息を吸い込む。
たくさんの謝罪と、感謝の気持ちを心に秘めたまま。
俺はその一歩を踏み出す……はずだった。
なのに。
深呼吸をしたら余計にカレーの存在が強くなってしまったではないか!
タマネギの甘みと香ばしさ。
すり下ろしりんごの酸味。
これは妄想のはずなのに。
ルーの匂いに俺はがっちりと捕われてしまった。
口の中が唾液でいっぱいになる。
ごくりとつばを飲み込む。
ぐるるるるぅ。
食べたいよぅ、と胃が騒ぐ。
やばい。
食欲がこの一歩を妨げている。
俺はここで全てを終わらせるはずだろう?
思わず自問自答。
でも……
俺は迷う。
この匂い。
不思議なことに母さんが作ったときの匂いと似ているのだ。
カレーにコクを与えるようなこのほのかな香り。
そう、今かいでいるのはそれがちょっと多い気がして。
……もしかして。
これは、謎を解く最後のチャンスなのでは?
俺は鼻をきかせ、集中する。
調味料以外の食品を隠し味にするのが多いから。
舌が感じる味覚で考えてみる。
甘み、辛み、酸味……
「苦み?」
そうか、アレだ。
茶色い粉の、溶かして飲む。
「アレだよ、何だっけ?」
答えは喉まで出かかっているのに、こんな時に限って名前が思い出せない。
そんな自分に苛立つ。
何だろう? この気持ち悪さは。
気になる。
気になりすぎて。
「……だめだ」
飛び降りる気が……失せた。
「情けねぇ……」
よりによってカレーで挫折なんて。
俺は首に掛かっている縄を渋々取り外す。
もう一度深呼吸をする。
吸い込むのはもちろん、カレー風味の空気だ。
妄想もここまでくると重傷なのかもしれない。
頭を抱えてしまった俺。
だめだ、頭がカレーに支配されている。
気分転換にと辺りを見渡してた。
木の上からの眺望……まぁ、うっそうとして闇だらけなのだが。
「……あれ?」
風が吹いている方向からひとすじの光が見えた。
炎とは違う人工的な光。
あれは車のライト、だろうか?
確かあの辺りは舗装されていない旧道のあたり。
めったに使う人はいないというのに。
でも。
もし。
だとしたら、誰かが本当にカレーを作っている……?
「まさか、な」
鼻で笑い飛ばしてみるものの、その疑いはいっこうに晴れない。
一分間木の上で考える。
……
……
決めた。
こうなったらとことん調べてやる。
あのライトの先に何があるのか。
カレーは本当に存在するのか。
そして隠し味の正体。
おそらくこれが解決しなければ俺は上手く死ねないような気がする。
上手く、っていうのも何だけど。
苦悶の表情で最期を迎えるのも何か後味が悪く思えたのだ。
どうせなら安らかに悔いのない表情がいい。
「うん、そうしよう」
俺は木から降りると、光のある方向に向かって歩くことにした。
草ずれの音、湿った土。
強くなるカレーの匂い。
ここは旧道の先にある道だ。
今では地元の人が山菜採りに行く時だけに使われている。
そして、歩き始めてから数分。
車がその先を阻むように停車していた。
白のワンボックスカー。
地元のナンバーだが、レンタカーを示す「わ」が書かれている。
サイドガラスのまわりにガムテープが貼り付けてあった。
後ろのドアは開いたまま、前のライトもついたまま。
借り物なのに物騒だな、と思う。
中には人の姿らしきものはなく、炭と書かれた段ボールが一箱置いてあるだけ。
この車の持ち主は一体どこに行ったのだろう。
ふと、感じる人の気配。
ライトが照らす先に「彼ら」はいた。
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