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 7 告白

 翌日。
 あたしは休み時間全てを、里美との会話に費やした。
 今まで話せなかったことをたくさん話す。
 ケガした日にあった全てのこと。
 花壇の水まきを始めた理由。
 惹かれ始めている聡さんのことやおまじないの話。
 そして、最後にあたしは先生に言われた事について毒づいていた。
「むかつくと思わない? 少年少女の希望を摘むなんて……ちょっと尊敬したのが間違いだったわ」
「でも吉田って思ったよりイヤな奴じゃないかも。あたしのこと、守ってくれたし」
「そうかなぁ」
 正直、何を考えているのかさっぱり分からない。
「それにしても髪切り魔……見つからないよね。最近出ないってゆーし」
「髪切り魔って言えば」
 あたしは大事な伝言があったことを思い出す。
「お姉ちゃんがね、聞きたいことあるから帰りに家に寄って、だって」
「……『妹に何したの、きぃ』ってことないよね?」
「それはないない」
 あたしはけらけら笑う。
 お姉ちゃんのことだ。
 事件のあった時について聞きたいに違いない。
「あたし、ちょっと用事あるから先に行っててくれるかな」
「もしかして。例の校務員さんの所?」
「うん」
 里美に聡さんのことを言われるだけでも頬がほてってくる。
「今日、言おうと思うんだ」
 本当は今朝、告白しようとも思ったけれど。
 里美に全て話してからにしようと決めた。
 おかげで今日はろくに会話もできなかったけど。
 顔を合わせるのが恥ずかしくて。
 でも、見ていたくて。
 あたしは机の上に置いた水道の鍵を指で転がす。
 なくさないようにつけていた赤いリボンがふわふわ揺れる。
 リボンはあたしの気持ち、そのものかもしれない。
「そっか。かんばれ」
 里美が嬉しそうに微笑む。
 その応援がとても嬉しい。
 あたしは聡さんから渡された鍵をぎゅっと握りしめた。
 ……授業が終わった後、里美と別れたあたしは聡さんを捜した。
 けど。
「何でいないの?」
 校務員室はおろか、体育館にも職員室にもいない。
 校庭をぐるんと一周しても見つからない。
 最後の望みを託して中庭にも来てみたけど、ダメだった。
 まさか……避けられているってこと、ないよね?
 不安がつのる。
 今日はやめっておいた方がいいってことなのかしら?
「明日……かな」
 情けない声を上げるあたし。
 でもその一方でいなくて良かったかも、とちょっとだけ思う自分もいた。
 まだ、戸惑いの気持ちもある。
 玉砕するかもしれない、とも思う。
 でも、気持ちだけが溢れて仕方ない。
 あったかい気持ちと胸の痛みが繰り返された今日。
 あたしの中は聡さんでいっぱいだ。
 また体がほてってきた。
 今日はこれで何度目だろう?
 はやる気持ちをひとまず抑える。
 いつもより長く深い呼吸をひとつ。
 そして、空を見上げて落ち着こうとしたけど。
 うわ、と呟かずにいられなかった。
 窓に反射した西日をまともに見てしまったのだ。
 まぶしさに一瞬目がくらむ。
 刹那。
 ずきん。
 打った頭の傷がうずく。
 動悸が走る。
 痛みに耐えきれず、あたしは、その場にしゃがみこんだ。
 頭の中で、映画のコマ割のように動くのは……眠っていた記憶。
 逃げている自分、そして追いかける黒い影。
 髪にからみつき、離れたその手。
 脳へ響く金属音。
 そして。
「何なの……」
 「あの時」と同じ気持ちが口からこぼれた。
 ……あたしが再び顔を上げると、目の前にいた少女の彫像は歪んで見えた。
 鳥肌が立っている。
 自分自信を腕で抱いたまま、動けない。
 頬に熱いものが走った。
 ああ、そうか。
 あの時あたしは、その目に映った「その人」の背中を。
 「戻ってきた」胸の鼓動を、しっかりと刻みつけてたんだ。
 だから、安心して眠りについたんだ……

 その頃、「私」は家にお客を二人招いていた。
 一人は美容院で会った和枝さん。
 もう一人は美香の友達の里美ちゃんだ。
「二人が聞いた音がどんなのだったか教えてほしいの」
 私は自分の部屋でここに来てもらった理由を話した。
「この中、ですか?」
 戸惑い気味の和枝さん。
 うわ、というような目で里美ちゃんが周りにあるものを見渡す。
 それは昨日一日かけて私が集めた金属製品がずらっと並んでいた。
 鍵はもちろん、アクセサリーや工具、スプーンといった調理器具もある。
 もし二人が聞いた音が同じだとしたら、美香が髪切り魔に突き落とされたことが証明されそこから犯人の手がかりが掴めるかもしれない。
 それを話した時、妹思いなんですね、と和枝さんには言われたけど。
 そういうのじゃないと思う。
 ただ、教科書の問題を解くように答えが知りたいだけ。
 私はいつも「感情」より「理性」や「好奇心」が勝ってしまう。
 時々、自分に感情があるのかと疑うときもある。
 私も……喜怒哀楽を素直にぶつける妹が羨ましく思うのだ。
 私が黙り込んでしまったのは美香を思っての事だと勘違いしたらしい。
 まぁいいや、と思う。
 お母さんが用意した紅茶を半分ほど飲んだところで、
「あれから私も色々考えてみたんです。で、一番近いのがこれかなって思って……部活で使っているのを借りてきたんだけど」
 と和枝さんが言う。
 彼女は鞄から三角形の包みを取りだすと、私達にそれを見せてくれた。
 音楽で使うトライアングルだ。
 どうやら彼女は吹奏楽をやっているらしい。
 和枝さんがバチでチーンと鳴らした。
 音色が部屋中に響き渡る。
「でも、もう少し高い音だった気がするんですよね」
「確かに、もっと澄んだような音だったような……」
 和枝さんと里美ちゃんが二人して考え込む。
 トライアングルより高くて澄んだ音、か。
 私はあたりを見渡す。
 少し考え、たくさんある金属製品の中から「それ」を手に取り、トライアングルのバチで鳴らしてみる。
 トライアングルよりも澄んだ、響く音色。
 聞いた二人が、
「それだ」
 と声をそろえた。
「でも…犯人が持っていたのはそれ、なんでしょうか?」
 和枝さんが不安になるのも仕方ない。
 二人が聞いた音源の正体、それは仏壇の、チーンとならすお鈴という道具なわけで。
「きっと材質が一緒なだけで、実際犯人が持っていたのはもっと小さいものなんだと思う」
 私は金属の山をにらむ。
 トライアングルや仏具と同じ材質で、身につけることができる位小さなもの……
 やっぱり、キーホルダーとかなのか。
 でも、美香に反応はなかった。
 頭が混乱する。
 視点を変えてみようと思った。
 私は和枝さんに楽器について質問する。
「楽器って値段が高いのだと、材質が変わるよね?」
「音の響きも違いますね。これは鋼だけど……もっと響くのだとリン青銅とか」
「リン青銅…」
 はて。英語だと何て言うんだろう?
 青銅はbronzeだけど……
「それにしても、いっぱい集めましたね。片づけが大変そう……あ」
 散らかった金属の類から里美ちゃんが何かを手にする。
「これって水道のカギですよね? 美香が持ってたのと同じヤツだ」
 それは水栓金具と呼ばれるものだ。
 外にある水道が勝手に使われないように、ひねり部分だけ取り外したもの。
「……何であの子がそんなの持っているの?」
「毎朝中庭の花に水撒いているからですよ。お手伝いだって」
 彼女がにんまりとした顔で答える理由は分からないけど。
 なるほど、ね。
 だから帰りは必ず三つ編みだったのか、と納得する私。
「でも美香の持っていたのは、色が違った気がする……」
「ああ、きっと銅像のトコの鍵だ。普通の水道と違うから色を合わせたんでしょ?」
 水を汲む少女の像は、当時中学生だった私達からの贈り物だからおぼえている。
 生徒がデザインして型から作ったという、あれは特注の。
「ブロンズ……」
 思わず言葉がこぼれる。
 もし「それ」が金属音の正体なら……
 思考が高速回転する。
 体が熱くなる。
「ごめん、二人とも留守番お願いっ」
「え?」
 残された二人の声がまたユニゾンになっていた事とか、キッチンにいたお母さんがどこ行くの、と言われた事に反応する暇はなかった。
 私はトライアングルのバチを持ったまま美香のいる学校へと走り出す。
 髪切り魔の真相に近づいている。
 確信していた。
 そして私はそれに一秒でも早くたどり着きたい、その衝動を抑えることができなかった。
 欲望を優先した人間の力ってすごい。
 中学生の頃十五分かけて歩いた道のりを五分ちょっとで走り切ってしまった。
 真っ先に中庭に飛び込む。
 そして。
 私は少女の前に立つ。
 水が流れていた。
 ブロンズの少女は溢れ出る水を受け止めることができずにいる。
 腕についた小さなリボンが、ひらひらと揺れている。
 ぼたぼたと水が地面へと染みこむ。
 あたしは水を止めて鍵を抜き取ると、それをバチで叩いた。
 家で聞いたお鈴と同じ音。
 確かな証拠に身震いした。
 だが、すぐに我に返り……どうしようもない不安に駆られる。
 たまらず、走り出す。
 美香の姿を捜しに。
 妹はどこにいるのだろう。
 教室だろうか? それとも体育館?
 まさか、犯人と一緒?
 もし記憶が戻っていたりしたら……
「あのばかっ」
 私は唇を噛みしめた。

               
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