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 2 ひみつのてがみ

 図書室に新刊の推理小説が入った。ずっと前から先生におねだりしていた本だけに、
「一番に借りるんだ」
 私の意気込みはいつも以上だった。
「こういう時、委員やってると得だよね」
「全部で十四巻もあるんでしょ? 貸し出しカード付け、昼休みまでに終わるかなぁ」
 マキちゃんがため息をついたので、
「大丈夫だよ。二人でやればすぐ終わるって」
 と、私はマキちゃんを励ました。だけど。
「一冊足らない」
 十四巻のうち、一巻だけがどこにも見あたらなかった。
「やだ。誰かが勝手に持ち出したの? それってルール違反じゃん」
 先生にも聞いてみたけど、反応はマキちゃんと同じだった。私の喜びの気持ちが、がらがら崩れていく。そして、心のがれきの中から出てきたのは勝手に持って行った犯人に対する怒りと、絶対に見つけてやるという執着心だった。
 今日の午前中に本は来たのだという。犯人はそれから昼休みの間に本を盗ったのだろうか。私は探偵になったつもりで推理するけど、そこからは何も進まなかった。やっぱり本やドラマみたいにはいかないみたいだ。
 翌日見てみると一巻は戻っていた。だが、今度は二巻が消えている。周りを見渡してみるけど、それらしき本を読んでいる人は見当たらない。昨日付けたばかりの貸し出しカードにも記入はなかった。やっぱり誰かが勝手に借りているようだ。
 私は口を尖らせた。ずっと楽しみしていた本なのにな。最初に読まれたのは面白くなかったけれど、ひとまず一巻を借りた。また次の日。本を探すと、今度は三巻がなかった。貸出カードも白紙のまま。一体誰がこんな失礼な事をしているのだろう。何か残してないかと思い、犯人が返した二冊の本を調べてみた。すると。
「何これ」
 二巻にすみれの押し花のしおりが挟まっていた。犯人が残したものに違いない。私は少し考えた後、しおりの裏に鉛筆で

 <私より先に本を読んでいるあなたはだれ? >

 と書いてみた。
 先の四巻にしおりを挟んでおくと、その二日後に返事が返ってきた。三巻の間に今度は四つ葉のしおり。本の無断貸し出しはストップしていた。
 しおりは手で触るとぼこぼこしていて、下にR2−T3−L12と書かれていた。
 このアルファベットと数字は何だろう。私がしおりを手に考えていると、マキちゃんが興味津々でのぞきこんだ。
「それ、サクラちゃんの?」
「例の犯人のものみたい」
「きれいなしおりだね。そのぼこぼこって点字かな?」
「そうなの?」
「お姉ちゃんがボランティアでやってるのと似てるから。そうじゃないかな」
 マキちゃんの言葉に私はひらめいた。私は右から数えて二番目の本棚へ行くと、上から三番目の棚に手を伸ばす。左から数えてちょうど十二番目に「やさしい点字」というタイトルの本を見つけた。やっぱり暗号だったんだ。私はその本を頼りに点字を訳してみた。すると、

 <わたしははなこ。ほんをかってにもちだしてごめんなさい。このしおりはおわびです>

 と書かれていた。解けた嬉しさで私の顔がにやける。ちょっとしたミステリーに謎の暗号なんて面白すぎる。はなこと名乗る犯人に対しての怒りが興味へと変わったのもその時だった。
 その夜、私はおばあちゃんに教わった千代紙の人形を作った。折り目の隙間に暗号を書いた小さな紙を差し込む。

 <すてきなしおりをありがとう。これはおれいだよ。ほんはさきによんでもいいよ。あなたとひみつのてがみをかきたいな>

 次の日。私は朝一番に図書室に入ると、四巻と五巻の間に千代紙の人形をしのばせた。そして一日たったあとでその場所を確認した。ない。飛び上がりそうな思いを必死で隠した。本を見るとちゃんと四巻の場所が空っぽになっている。暗号も解読してくれたみたい。今までにないワクワクした気持ちが私をとりこにしていた。
 この日から本を通じて、私とはなこさんの秘密の文通が始まった。内容は本の感想や、趣味、クラスメイトの話とかがほとんどだった。私は内容をたくさん書きたいせいもあって、途中から普通の手紙を差し出すようになったけど、はなこさんは暗号の書いたしおりを送り続けてくれた。はなこさんの作る暗号はとてもセンスがよくて、私はますます興味を持つようになった。こんな素敵な暗号を作るのはどんな人だろう、私の中で想像が駆けめぐった。
 そして読んでいた本も最終巻にさしかかった時、私は思い切って、

 <あなたにあいたい>

 と呼びかけた。会って友達になりたいと思ったからだ。けど返事は、

 <ごめんなさい>

 教科書のような綺麗な字で一言。それだけだった。はなこさんとの秘密の手紙はそこで途切れてしまった。私はがっかりした。何故はなこさんは会うことを拒んだのだろう?
 この学校に女の子の幽霊が出るらしい。そんなウワサが流れたのは、それから数日後の事だった。
「一組の男子が見たらしいよ。目の前で消えちゃったんだって。しかも名前はハナコさんなんだってよぉ」
 どきりとした。私が文通していたはなこさんと同じ名前。
 はなこさんはウワサのハナコさんで幽霊なのだろうか。けれど、いまいちピンと来なかった。本好きの幽霊、しかも暗号を作る幽霊なんて聞いたことがない。
 ウワサの話題をよそに私は最後に渡された桜のしおりとにらめっこをする。しおりの中を色鉛筆で描かれた花びらがちらちらと舞い降りていた。私と同じ名前の花。やさしい色づかいに私は目を細めた。
「あ」
 よく見ると文字を書いてから塗りつぶしてある。花びらに暗号が隠されていることに気がついた。はなこさんが残した最後の暗号。文字をたどると、

 <はじまりのばしょ>

 と読めた。
 私は図書室へ駆け込む。きっかけとなった三巻の裏表紙を開いた。すると、

 <サクラちゃんと話ができて楽しかった。ありがとう。>

 と書かれた手紙があった。そして貸し出しカードには私の名前の上に「ハナコ」と書かれていた。私は飛び出そうなくらい目を大きく開けた。
「本当にハナコさん……なの?」
 ばさり。
 私は思わず本を落としてしまった。

               
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