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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(過去編)


6 私は最初から傍観者だったのだから

 ニシと南さんの和解から数日後、私は学校帰りに久実とショッピングモールにいた。特に買いたい物があったわけではない。バイトの時間までの暇つぶしだ。
 ウィンドウショッピングをしながらぶらぶらと歩く。すると不意に腕を掴まれた。
「ちょ、ナノちゃん。あれは何?」
 私は久実が指で示した方向を見る。アクセサリーを売っている店の前にニシと南さんがいた。二人は店頭に飾られた商品を手にしながら笑っている。
「ああ、あれがどうかした?」
「どうかした、じゃないわよ! 一緒にいる女は何? 恋愛に興味がないって言ったのはどこの誰? ニシの奴、ナノちゃんいながら何浮気してんのよ!」
 久実がそちらに向かって吠えまくる。放っといたら乗り込みそうな勢いだったので、私はとっさに友の体を抑えた。体を引きずり、何かたべたいなー、と言いながらその場を離れていく。あとで根ほり葉ほり聞かれそうだけど……まぁいいや。最後に言った言葉は聞かなかったことにしよう。
 私は二人が一緒にいる事を特におかしいとは思わなかった。だって今日のシフトに南さんの名前は入っていない。二人はここでの買い物を楽しんでいたのだろう。あるいは併設されているシネコンにこれから行くのかもしれない。
 ニシと南さん、あれから二人の距離は徐々に縮まっていった。それは予想もしなかった展開だったけど、日を追うごとにそれは必然だったのかなとさえ思えてしまう。
 あの日、私達は南さんとの話が終わるとすぐに店を出た。
 この件はこれでおしまい。ニシと南さんが顔を合わせることはもうないだろう、そう思っていた。
 でもそれは見事に覆される。帰り際、南さんはニシにファミレスのクーポン券を渡したのだ。
 お口にあうかは分からないけど一度庶民の味も試して下さいね――そんな言葉を添えて。
 それからニシは度々私達のバイト先に現れるようになり、その時は南さんがニシのテーブルを担当した。最初は客と店員のやりとりだけだったが、次第に二人だけの会話も増えていく。
 最近ニシは学校が終わると南さんの通っている学校までリムジンで出向き、バイト先まで送り迎えしている。私も一緒にと誘われたことがあったけど、一度乗りあわせただけであとは全てお断りしていた。
 だって車の中で二人だけの世界が出来上がっているんだもの。どう見ても私はお邪魔虫としか言いようがない。だから私は適当な理由をつけて二人を避けていたのだ。
 当然だけど、ニシは高級車に乗っているイメージしかない。
 南さんは私と同じ庶民の一人だ。
 でも礼儀正しく育てられたのか、とにかく仕草の一つ一つが美しい。どんな高級シートの前でも上品に座り、美しい姿勢をキープしている。これには私も驚いた。
 更に驚くべきは二人の車の中でのやり取りだ。
 二人の会話の内容は、趣味や好きな本の話、学校で起きたたわいもないことだ。けど、南さんがもてなしの紅茶を受け取ればすかさずニシが砂糖とミルクを差し出す。車が工事中の道を進むものならニシの服がコーヒーで汚れぬよう、南さんがハンカチを広げる。言葉に出ずとも二人は目と目で会話し、お互いの次の動きをさりげなくフォローしている。あれは気づかいを飛び超えて夫婦並みの熟練さだ。
 阿吽の呼吸、ってああいうことを言うんだろうな。
 あそこまで呼吸が合うのを見せつけられると、二人の出会いそのものが運命としか思えない。
 南さんはニシと一緒にいる時間はとても楽しいと言っていた。価値観の違いは否めないけど、それもまた面白い、と。そこで私は初めて南さんの奇特な性格を知った。
 もともと私と南さんは最初から親しかったわけじゃない。つい最近まで挨拶を交わす程度だった。そう、ニシの勘違いがなければここまで深く関わることもなかったのだ。
 南さんが高級車で送迎されるものだからバイト先でも二人の関係が噂されていた。南さんはあくまで友達だと言っているけど、周りはそう思っていない。まだ友達でもいずれ二人は付き合うと思っている。
 でも――
 周りが盛り上がれば盛り上がるほど、私の中でそれでいいのか、と疑問符が湧く。
 一抹の不安を感じるのは私が紗耶香さんの存在を知ってしまったからだろう。
 紗耶香さん。もうこの世にはいない人。南さんにそっくりの顔を持つ人。ニシにとってはかけがえのない――大好きだった幼馴染。傷を負っているなら尚更、私だったら触れるのさえ恐れ多い。
 ニシは何とも思わないのだろうか。
 いくら似ているからとはいえ南さんは別人だ。
 一緒に居て昔のことが蘇ってきたりしないのだろうか? 辛くはないのだろうか――?
 私の中で疑問が水滴のように落ちてくる。
 やがそれは大きな池となり、氾濫を起こすこととなった。


「こちら、パンケーキセットでございます」
 二日後、私はいつものようにバイトに明け暮れていた。
 私は呪文のようにマニュアル通りの言葉を連ねる。目の前に居るのはニシ。今日もヤツは店に来ていた。南さんがレジに回ってしまったので、私がテーブルに皿を運ぶはめになったのだ。
 ニシとはいえ、ここでは客なので粗相があってはならない。パンケーキの乗った皿とコーヒーを静かに置く。注文票を添え、ごゆっくりとどうぞ、と言葉をかけた。
 座席をちらりと見ると、ニシの隣りに見覚えのある紙袋が置いてある。中にはきっとマカロンが入っているのだろう。南さんはこの店のお菓子を相当気に入ったようで、ニシは数日に一度のペースでそれを手渡していた。
「今日も南さん送っていくの?」
 ひととおりの作業を終えたあとで私はニシに聞く。周りに南さんがいないことを確認したうえで、聞きたいことがあるんだけど、と言葉を続ける。
「何だ?」
「ニシは――紗耶香さんと南さん、どっちが好き?」
「何を急に言い出すんだ?」
「いいから答えて。ニシは南さんと一緒に居て辛くないの? 紗耶香さんのことを思い出したりしないの?」
 私はニシの目をまっすぐ見る。本当はこんな所で聞くべきじゃなかったけど、明日から南さんは一週間店を休む。おそらくニシも来なくなる。学校では話せない内容だし、ここを逃したらせっかくの機会を逃してしまうだろう。
 私の真剣さが伝わったのだろうか。ニシは一度持ちかけたナイフをテーブルに置いた。私を見上げる。その口から本心が語られる。
「正直に言うと、最初は彼女を紗耶香と重ねていた。だから謝ったらそれで終わりにしよう、もう逢わないようにしよう、そう思っていた。でも――気づいたらここに来ていて、彼女の姿を探していた。ただ、逢いたい。それだけだった。彼女は紗耶香じゃない。でも、彼女といるとずっと昔から一緒にいたんじゃないかって思う位心地いいんだ。紗耶香じゃないって分かっているのに、穏やかな気持ちになれるんだ。この気持ちは何なんだろう?」
 それはきっと恋のはじまりだ。
 言葉にはしなかったけど、私は心の中で呟く。それに切なさが加わったら本物だと。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
「そうね」
 南さんは気の回る人だ。少なくとも自分と間違えられた「誰か」がニシにとって大きな存在だと勘付いている。それでもアプローチをかけるのは、南さん自身がニシに惹かれているから――?
「俺のことが心配か?」
 ふとした隙間に言葉が入る。
「それとも親友が構ってくれなくて寂しいか?」
「残念ながら寂しくもなんともございません」
「じゃあ、何で聞いてきた? 気になるから聞いてきたんだろう?」
 逆に問われ、私は一瞬言葉に詰まる。急に体温が上がった。
「べつにっ、あんたを心配したわけじゃないわよ。ただ紗耶香さんのことも聞いちゃったから……本当に。ちょーっと気になっただけなんだから!
 もし、あんたのせいで南さんが傷つくようなことがあったら嫌だな、って。そう思っただけ」
 私は必死になって言葉を取りつくろう。そのツンデレとも言える反応にニシの口元が緩んだ。
「おまえは友達思いだな」
 やだ、そこで優しい笑顔を見せるわけ? そういうのやめてよ。本当に。
 目を合わせられなくて、私はニシに背中を向けた。心がつきんと痛むのは嘘をついたからだ。
 南さんが傷つくのは嫌、その言葉に偽りはないけどそれは二の次の話。
 私はニシのことが気がかりだ。でもそれを口にするのは癪だから絶対言わない。
 おそらく私の杞憂は取り越し苦労で終わるだろう。もし二人がお互いのことを想っているのなら私が出しゃばる必要もない。
 そう、私は最初から傍観者だったのだから。

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