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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(過去編)


5 「こいつは単なる親友です。それ以上でもそれ以下でもない」

 次の日の夜、私はバイト先に出向いていた。
 いつもならスタッフ用の扉から入る所だけど今日は客用の出入り口からお邪魔する。硝子扉を二枚超えて店に入るといらっしゃいませ、と出迎えられた。南さんの声だ。
「あれ、ヒガシさんじゃない。今日お休みよね? ごはんでも食べに来た?」
「南さん、もうすぐ仕事上がりですよね?」
「そうだけど」
「このあと何か予定ありますか?」
「別にないけど――どうしたの?」
「その、実は……」
 私は自分の体を一歩右に寄り、扉の向こう側にいる人物を南さんに見せる。二人の目が合うと、透明な檻の中にいたニシがぎこちない会釈をした。
「あいつが昨日のことで南さんに謝りたいって言ってるんです。少しだけ時間、いいですか?」


 ――南さんの仕事が上がったあと、私達はバイト先の近くにある喫茶店へ入った。
 席についたあと、それぞれ飲み物を注文する。店員が去ったあとで、ニシは改めて姿勢を正した。向かいにいる南さんを真っ直ぐ見る。
  「昨日はとても失礼しました。貴方を知り合いと間違えてしまって――気が動転してたんです」
 そう言って、ニシは南さんに深々と頭を下げる。そこにいつもの勘違いや俺様的態度はない。あるのは相手に真摯に向き合う姿だけだ。
 ニシはテーブルに箱をひとつ置いた。淡いピンクのリボンが斜めにかかっている。私の鼻にほんのり甘い香りが届いた。
「これはお詫びです。口に合うかどうかわかりませんが受け取ってください」
「え、でも……」
 突然のプレゼントに南さんはうろたえた。私の方をちらりと見る。受け取ってしまっていいのかというような目で訴えられたので、私はこくりと頷いた。
「別に変な物は入ってないし。それにほら。私も同じのを貰ったから」
 そう言って私はバッグの中からピンクの小箱を見せる。
 そう、南さんに会う前に私はニシから同じものを貰っていた。中身は某有名菓子店で売っているマカロンだ。南さんの箱の方が大きいのが腑に落ちないんだけど――まぁそれは一旦横に置いておこう。
 私のフォローが利いたのだろうか、南さんは箱を受け取ってくれた。
「わかりました。じゃあ、遠慮なく頂きます」
「許して貰えるんですか?」
「許すも何も。私は何とも思ってませんよ」
 そう言って南さんは目を細めた。慎ましい笑顔を見てニシの口からよかった、という声がこぼれる。ニシは南さんと和解できたことに心から安堵しているようだった。
 私にも自然と笑みがこぼれていく。そこへ頼んでいた飲み物が届いた。
 ニシはホットコーヒーをブラックのまま、私はアイスティーにガムシロップを入れてストローで飲む。ミルクティーを頼んだ南さんはカップに紅茶を注ぎ砂糖一杯とミルクを少し入れた。スプーンでくるくると回すと美しい琥珀色が出来上がる。
 その流れるような手の動きに私は思わず見とれてしまった。
「ニシくんはその――お金持ちなんですね」
 カップに一度口をつけたあとで、南さんが言う。
「とても高そうな車に乗ってたし。あれ、ベンツだっけ?」
「いや、そんな大したものではない、です」
 いつもは悪びれもなく言うくせに今日のニシは謙虚だ。南さんの前だと俺様度もかなり低くなるらしい。南さんはへぇ、と唸ると今度は私に話しかけてきた。
「ヒガシさんも実はお金持ちとか?」
「ないない。私は至って庶民です」
「そうなんだ――二人とも仲いいよね。もしかしてつきあってるとか?」
 南さんの言葉に私は思わず茶を吹いた。
「違うっ! こいつはただのクラスメイト――じゃなくて知り合い以下です!」
「こいつは単なる親友です。それ以上でも以下でもない」
「だーかーら、こっちは友達とも何とも思ってないって言ってるでしょ!」
「だが、男女の友情は有り得ると言った」
「確かに昔々言ったかもしれないけど相手があんたとは言ってません。つうかあんたと友情ごっこする気はさらさらないわい!」
 私がばっさりと斬り落とすとニシが呻く。久々のクリーンヒットが飛んだ。
 ニシのHP、どのくらい削れたかしら?
 私がドヤ顔でいると、一連のやりとりを見ていた南さんがくすくすと笑いだした。

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