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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(過去編)


2 それって、愛じゃない?

 しばらくの間、クラスの中は何とも言えぬ微妙な空気に包まれていた。東西コンビが今週に入ってから一言もしゃべらないからだ。
 東西コンビというのは、私(ヒガシ)とニシの苗字をもじったもので、学校でもちょっとした話題になっている。私はニシから一方的な「親友」扱いを受けていて、事あるごとに私はニシに振り回されていた。はっきり言えば迷惑極まりない話である。
 それでもニシとは挨拶程度の会話を交わしていた。
 だから今回のようなことは初めてで――クラスの皆から見ればさぞ異様な風景だったことだろう。
 お互いが沈黙して三日後の昼休み、親友の久実が遠回しにニシの話題を持ち出した。きっとクラスの皆に代表で聞いてこいとでも言われたのだろう。
 誰も寄りつかない廊下で私は渋々事情を話す。
 実を言うと、ニシとはちょっとした喧嘩になっていた。
 きっかけは私が欲しいと言っていた時計をニシが先に買ったから。高校生の私が何日も働かなければ買えない金額をニシはぽんと払った――親から貰ったカードで。しかもそれを私にくれてやる的な感じで渡してきた。
 そりゃ向こうは金持ちだし、あっちに悪気はなかったのかもしれない。
 でも汗水流して働いていた私は何? 毎日時計のショーウィンドウ覗いて、いつの日か買うのを楽しみにしていた私は馬鹿なんですか?
 当然ながら私はキレた。私は自分の努力を真っ向から否定された気がして腹立たしかったのだ。
 私の話を聞き、久実はふむふむと頷く。ウチら庶民だしね、と言葉を落とす。
「まぁ金銭感覚の違いは仕方ないな」
「でしょでしょ? 許せないと思わない?」
「けどさぁ。前から欲しかった時計なんでしょ? 私なら貰えるもの貰って稼いだ金は別のことに使うけどなぁ。もったいなーい」
 久実のとても賢い意見に私は言葉を詰まらせた。
 確かに自分も大人げなかったとは思う。啖呵切ったあとで言うのも何だが、あの時計はかなり口惜しかった。
 そりゃ私だって友達とか彼氏に誕生日プレゼントで貰うなら喜んで受け取った。でもそんなイベントがすぐあるわけでもないし、何せ相手はニシだ。プライドと好意、どちらかを取ると言うなら私は迷わず前者を取る。まがりしも時計を受け取っていたらニシは流石俺様と調子に乗るに決まってる。
 友情(というか私はあいつを友達とも思ってないけど)の押し売りなど紙くずと一緒に捨ててやるわい!
「とにかく、私はあいつと一切関わりたくないの。」
 私はそう言ってこの話を終わりにしようとするけど――
「あ、噂をすればニシじゃん」
 久実の言葉に思わずそっちを見てしまう。遠目だけど、ニシがこちらに向かっているのが確認できた。私に緊張が走る。久実がおーいと呼びつけるので私は慌てて教室に入った。扉に隠れて二人の様子を伺う。
「ちょうどよかった。あんたに聞きたいことがあったんだ」
「何だ」
「ニシはさ、ヒガシのことどう思ってるの? 異性として好き? 嫌い?」
 久実の質問に私は何を聞いてるんだ、とツッコミたくなるが、ニシが口を開いたので私はぐっと堪える。
「好きも嫌いも何も、ヒガシは俺の心の友だが?」
「でもさぁ。ニシはヒガシの為にわざわざ転校してきたわけでしょ? この間も時計買ってあげてたんだって? それってヒガシを好きってことじゃないの? それって、愛じゃない?」
 久実が上目遣いで問いかけた。だが、ニシは断じて違う、と即答する。
「確かに、ヒガシには『親友』としての情を持っているがそれ以上の感情は微塵もない。だいたい俺は恋事に全く興味がない」
「そうなの?」
「百歩譲って俺が恋をしたとしよう。でもその相手は聡明でしとやかな女性だ。ヒガシの足元にも及ばぬ美人で心の綺麗な人間だ――というか、何故そんなことを聞いてくる? それとも俺に聞けとあいつに頼まれたのか?」
「えー……っとまぁ。そんな所でしょうか」
 久実の馬鹿。何言ってんのよ。
 これじゃ私があいつに片思いしてるってことになるじゃないか!
 私が扉の隙間から怨念を飛ばすと久実の肩がびくりと揺れる。その一方でやっぱりと言うか何と言うか。ニシは期待を裏切らない勘違いぶりを見せてくれた。
「じゃああいつに伝えろ。言いたいことがあるなら本人に直接言え。それから俺などに執着せず他の男との幸せを考えろ、と」
 それはこっちの台詞だ、ボケぇ!
 私は今にも飛びついて殴りたい気分だった。けど、そんなことをした所でニシが更なる勘違いを繰り広げるのが関の山。ニシがこっちに向かってきたので私は慌てて扉を離れた。黒板を拭く振りをしてニシとの接触を回避する。そしてあとから教室に入ってきた久実をぎろりと睨んだ。
「どうして私があいつに惚れてるって事になるのよ!」
「ごめんごめん。まさか、あんな切り返しされるとは思ってなくて。つい」
「つい、じゃない!」
 胸元に手のひらを合わせ謝る久実に私は口を尖らせた。やっぱり相談するんじゃなかったと後悔する。
 つうかニシのヤツ、会話の中で私の事をボロクソに言ってなかったか?
 私は悶々とした気持ちを抱えながら自分の席につく。その隣で次の授業の準備をしていた久実がそれにしても意外だったなぁ、と言う。
「ニシが恋愛に全く興味ないって。そりゃ、金持ちは女性もよりどりみどりだろうけどさぁ。恋の一つもないっておかしくない? まさか人を好きになったことないとか?」
 久実が気になるよねぇ、と疑問形で振ってきたので私は絶対聞かないから、と先手を打つ。
 あいつの恋バナなんて誰が聞くか。そんなこと聞いたら余計あいつは誤解するではないか。
あいつの中で絶賛片思い中などという汚名を着せられるのはまっぴらごめんだ。
 そう思った所でチャイムが鳴る。同時に先生が入ってきたので、私は慌てて教科書を広げた。
 思う所は色々あるけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。今日は先生の質問に当たる日だ。今は授業に集中しなきゃ。
 私は一つ深呼吸して気持ちを切り替える。が、それは早々に打ち砕かれた。ニシの席は教卓に近い。集中しようと思うほどあいつの背中が視界に入るのだ。
 私はイライラしながら黒板の内容をノートに書きこんでいった。

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