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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(過去編)


12 考えられる可能性はひとつ

***


 ここは――どこだ?
 俺は痛む首を手で抑え、ゆっくりと起き上がる。暗闇に慣れるまで少し時間がかかったが、うっすら見える家具とその位置でここが何処なのかすぐに分かった。
 ここは俺がいつも使って「いた」部屋だ。今いるのはベッドの上――のはず。
 俺は一つため息をつき、これまでの事を思い出す。
 あの時、車の中で彼女はうろたえていた。
 もしかしたら抵抗されるかもしれない、そんな思いも走った。
 でもまさか彼女に気絶させられるとは。しかも運ばれた場所が「ここ」だなんて――
 俺は額に手をあてたあと、前髪をかきむしる。
 彼女が俺との対峙場所に「ここ」を選んだのは単なる偶然なのだろうか。それとも意図的なものなのだろうか。
 とにかく、彼女を探そう。
 俺はベッドから離れ、ゆっくりと歩き始める。木製の扉を開け、吹き抜けの廊下を歩く。突き当たりの螺旋階段を降りればそこはリビングだ。
 部屋を照らすのは足元にある小さな間接照明だけ。テーブルには蝋燭が灯されていて、皿に盛られた料理たちを華やかに映し出す。それらは全て俺が演出した舞台だった。
 俺は彼女の姿を探す。広いリビングをゆっくりと歩むと彼女がデッキに繋がる大きな窓の前にいるのを見つけた。空を見上げる姿はどこか儚げで危うい。
「紗耶香」
 俺が名を呟くと彼女はこちらを見た。彼女――蓮城紗耶香はドレスをまとっている。肩から背中にかけて大きく肌を出したデザインは斬新で妖艶だ。二年前は見るのをためらった胸元も、今は恥ずかしがらずに見ることができる。紗耶香の肌は色白で、鎖骨が美しく浮かびあがっていた。
「ここは二年前と何も変わってないのね」
 家の中をひととおり見たあとで、紗耶香は言う。
「火事で全て焼けてしまったと思ったのに。晃くんが直したの?」
 その質問に俺は否と答える。
 俺にとってここは忌まわしき場所だ。ここ二年間は近づくこともできなかった。外観も内装も当時のまま元通りにしたのは俺の父。俺はついこの間まで俺はここが建て直されていたことすら知らなかった。
 俺はここを訪れるのはあの日以来だと言う。紗耶香はそう、と呟いた。
「晃くんはどこまで知ってるの?」
 紗耶香の問いにそれはと言いかけ、一旦口をつぐむ。そっと手を差し出した。
「まずは食事をしよう、話はそれからだ」
 俺は紗耶香を誘う。すらりと伸びた手が掌に重なると、俺は今宵のメイン会場へと案内した。
 席に案内し椅子を引く。紗耶香はありがとう、と一言告げてから席についた。俺も自分の席に座り、お互いのグラスにシャンパンを注げばガラスが自然と傾き音を奏でてゆく。
 テーブルに飾られた料理たちは鮮やかな色彩で楽しませてくれる。スープもメインの肉もすっかり冷めてしまったが、味は温かい時と何ら変わらなかった。
 そして紗耶香はデザートにケーキを買ってきてくれていた。小さな苺ケーキをふたつに切り分け皿に移す。俺が買ってきたマカロンを添えると、そこで初めて紗耶香が俺に誕生日おめでとう、と言ってくれた。二人きりのパーティは終始和やかな雰囲気に包まれていた。
 やがて俺達は現実に引き戻される。先に本題を切りだしたのは紗耶香だった。
「南亜理紗が私だって、いつから気づいていたの?」
「一週間位前、だろうか」
 本当はだいぶ前から気づいていた。でも自分の憶測に自信を持てなかった。確信を持ったのは本当についさっきのことだ。
「南亜理紗と初めて会った時、俺は彼女を追いかけようとして護衛たちに止められた。あいつらが現れるのは俺の身に危険が迫った時だけだ。でもその時は何も起こらなかった。だから俺は奴らの行動の理由を問い詰めたんだ。そしたら――」
 俺が肩を掴もうとした瞬間、南亜理紗が服のポケットから何かを出そうとしてたのを見たらしい。ヒガシの背中が被って、ほんの一瞬しか見えなかったけど、あれはスタンガンだったと北山は言っていた。
 俺は聞いた言葉をそのまま紗耶香に伝える。刹那、彼女の顔に微笑みが広がった。本当はその微笑みの真意を知りたかったけど、あえて俺は話を続ける。
「最初は俺の家を妬む誰かが紗耶香のことを利用して俺を陥れているのかと思った。南亜理紗はその刺客かスパイじゃないかって。でも一緒にいるうちにそれは違うと感じた。南亜理紗からは殺意というものが全く感じられなかったからな。むしろ好意に近いものを感じていたし、懐かしさも感じていた。彼女をスパイにするにはあまりにも無防備すぎたんだ。南亜理紗は敵ではない、そう思った時他に考えられる可能性はひとつしかなかった――そういうことだ」
「なるほどね」
「何故、そんな物騒な物を持っているんだ?」
「好きで持っているわけじゃないわ」
 でも、持っていないと不安だから身につけていたの、と紗耶香は言う。
「私もね、晃くんと同じで二年前から命を狙われていたの。でも私の家は晃くんみたいに裕福じゃないから、自分の身を自分で守るしかなかった。それだけの話」

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