11 あいつのことが気になるだけ
北山さんは自分の考えを私に打ち明けてくれた。私にも分かりやすい言葉で過去の謎を紐解く。でもそれはとても信じ難いものだった。
全てを聞き終えたあとで私はため息をつく。湯船で温めたはずの体は冷えきってしまった。半乾きの髪をくしゃりと潰す。
「彼女は……これから何をしようとしているの?」
「それは分かりません。だからこそ晃さまの居場所を早く突き止めなければ。どこか心当たりは?」
心当たり――
私はない頭を絞りニシの言動を遡った。最後に会ったのはバイト先だ。その前はショッピングモールで見かけて、あとは……
数日前まで時間を戻した所で、私はあ、と言葉を漏らす。
「そういえば、ニシが誕生日パーティするって聞いた」
「ええ、明日の夜の予定ですが?」
「あいつ、自分の誕生日を本当に祝ってくれる人はその中にいないって言ってた。だから私、じゃあそれとは別に内輪のパーティでも開いたらって。そこで呼びたい人を呼べば、って言って――」
まさか。ニシがそれを実行しようとしていたってことはないよね?
私は北山さんの顔を見上げる。私の心を読んだのかなるほど、と北山さんが唸った。
「その、内輪パーティというのは私も聞いておりません。それを晃さんが計画して全ての準備を行ったというのなら、場所が特定できるかもしれない」
「本当?」
「でも、その前に――ひとつ確認しておきたいことがあります」
北山さんはおもむろに携帯を出す。短縮ボタンを押すとどこかへ電話をかけた。
「私です。旦那様にお耳に入れてほしいことが――ええ。実は二時間前から晃さまの消息が途絶えています。携帯もGPSも切られてて――はい。あまり驚かれないのですね。もしかしたらそれについて何か連絡があったのですか? まぁ、いいです。私が知りたいのは別のことですから」
北山さんは口調こそ丁寧だが、時折投げやりな言葉が挟まれていた。そして私は彼の言う旦那様の言葉で、電話の相手がニシの父親だということを察した。
「実は旦那様にお伺いしたいことがあります。二年前の別荘の件です。あの爆発事故は自作自演だったのではないですか? そしてそれを誘導したのは旦那さまだったのではないですか?」
本題を口にしたあとでしばしの沈黙が訪れる。やがて北山さんの口からそうですか、と言葉が漏れた。いかつい顔に苦悶が浮かぶ。
「確かにそうすることが最善だったのかもしれません。でもその一方で自分の息子に深い傷を負わせた。貴方は自分たちの都合で少年少女の純粋な心を踏みにじった。今起きていることはその報いです。彼女は何をするか分からない。晃さまの身にもしものことがあったら――私は貴方を決して許さない! 一生恨みます」
では、と言葉を結び、北山さんは乱暴に携帯を切った。声には出なかったけど、北山さんが怒っているのは一目瞭然だ。それはたぶん、二年前の事件において自分が掌の上で踊らされていたからだろう。
「お見苦しい所を見せて失礼しました」
そう北山さんは私に謝る。
確かに。いかつい顔の彼が怒ると更にすごみが増して怖い。でも私は感動をしていた。
「北山さんみたいな方がいて、ニシは幸せ者ですね」
思わず言葉が口に出る。そうですか? と問う北山さんにそうですよ、と即答した。
ニシはいつも自分の周りにいるのはろくでもない奴ばかりだと言っていたけど――そんなことはない。ニシの事を心から心配してくれる人がいる。体を張って守ってくれている人が目の前にいるではないか。
それはとっても幸せなこと。ニシはそれに感謝すべきだ。
やがてまばゆい光が地面を貫いた。静かな住宅街に突風が吹き、騒音が広がる。
それはニシの家が所有するヘリだった。ヘリはすぐ近くの小学校の上空を旋回しており「何か」を待っている様子だ。
私の中に嫌な予感が走る。まさか――これでニシを追いかけるって?
ド派手で物重しい物体を前に私は唖然とする。これは金持ちにしかできない芸当だ。
私がぽかんとしているとヒガシさん、と北山さんが言う。
「夜遅く訪ねたにも関わらず色々教えて頂きありがとうございました。あとのことは私たちに任せて下さい。晃さまを無事お連れしますので」
では私はこれで、と終わらせようとするので、私はとっさに彼の服を掴んだ。私もついていってもいいですか? と言葉が走る。案の定駄目です、とすぐに断られた。
「時間も遅いですし、この先危険なことがあるかもしれません。私は晃さまを守る身。あなたを守る義務も余裕もありません」
あくまで仕事に徹する北山さんは手厳しい。無理なものは無理と言ってくれる。それが私の為だということも分かっている。
でも私はそんなことでくじけない。
私は後悔していた。あの時、ニシを無理にでも引き止めていたら――最初から二人を引き会わせなければ、こんなことにならなかったのかもしれないと。
「確かに。北山さんの言う事はごもっともかもしれません。私はただあいつのことが気になるだけで、どうしてこうなったかこの目で確かめたいだけで――そう、これは自己満足なんです。だから北山さんが責任を負う必要はない!」
「ヒガシさん……」
「もしそこでニシの命にかかわることが起きたとしたら、その時は遠慮なく私のことを切り捨てて下さい。なんなら誓約書も書きますから」
お願いします、そう言って私は頭を下げた。これはニシの為じゃない。自分の為に頭を下げているんだと言い聞かせながら。
しばらくして北山さんが五分です、と言った。
「五分以内に着替えて戻ってきてください。それ以上は待ちません。いいですか?」
「はい!」
私はくるりと踵を返す。玄関の扉を開けると真っ先に自分の部屋へ向かった。
髪を軽くまとめた後、Tシャツとキュロットスカートをまとい長袖のパーカーに袖を通す。足元はニーハイで包んだ。廊下でこれから何処に行くの、この不良娘、とわめく母を振り払い外に出る。
ジャスト五分、間に合った。
私が準備をしている間に北山さんはニシが連絡したと思われるケータリングの店をつきとめていた。そして食事の配達された場所を私に知らせる。
「行きますよ」
彼の言葉に私は頷く。私達は轟音とまばゆい光を持つヘリの中へ飛び込んだ。