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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


5 「もしかして私に暁学園に転校しろ……とか?」

「もう教室に戻って構いませんよ」
 お許しが出たので私は部屋を出る。教室に向かって歩くものの、どうもしっくりしない。消化不良のままだ。
「どうした? 機嫌が悪そうだな」
「そりゃそうよ――って。何でアンタがここにいるわけ?」
「いちゃ悪いか?」
「当然でしょ!」
 私は近づいてきたニシから三歩後ずさる。
 ここはニシの通う暁学園ではない。違う制服の男が校舎の中をうろうろしてたら目立つじゃないか。
「つうか一体何の用?」
「それはひどい言い草じゃないか。電話しても繋がらないから直々に来たというのに」
 ニシは心外だな、といわんばかりの顔をする。そして犯人が分かったぞ、と続けた。
 でもその情報は私の知る所だ。
「暁の生徒だったんでしょ? さっき校長から聞いた」
「そう。ビーチフラッグでおまえにクレームをつけた女、あいつが犯人だ」
 ニシの言葉に私はさほどさほど驚かなかった。暁学園の生徒、と聞いた時点でなんとなく予想できていた。というか、あの場所で恨みを買ったのはあの女ひとりだけだったし。
「調べた所、例の動画はあの女の取り巻きが作ったらしい。合成はそいつの親の専売特許だったんだ。合成した映像を海外の知り合いに送って投稿するよう頼んだんだろう。その一方で盗んだヒガシの服を他の取り巻きに着せてホテルに向かうよう指示したわけだ」
「すべて『身代わり』がやったってこと?」
「そういうことだ。あの女は関わりを否認している」
 ニシはそう言うと表情を少しだけ歪ませながら事件の裏事情を語りはじめた。
「あの女、俺が証拠をつきつめる前に学園内の実行犯を理事長へ自首させやがった。で、これは何も知らなかった自分の責任でもあると奴らの情状酌量を訴えて理事長を味方につけたわけだ。結果として犯人には厳重注意だけで実際のお咎めはなし」
「はああっ?」
 こっちは先生に疑われて、危うく停学になる所だったのに?
 こんな不公平で理不尽なことはない。だから私は思わず言ってしまう。
「それ、すっごい納得いかないんだけど。理事長って馬鹿?」
「残念ながら、そういうことだな」
 怒りを超えてあきれたと言わんばかりにニシは言う。話を聞いていたら私の中で、あの縦巻き女が甘ったるい泣き声でオッサンに取り入る姿が容易に浮かんでしまった。やっぱり停学になってでも先生たちに噛みつくべきだったかもしれない。
「それで――アンタは泣き寝入りしたってわけ?」
「いや。あの女にはヒガシ停学を取り消すよう理事長に嘆願しろと言った。それなら今回の事件の証拠を破棄すると。交換条件だな」
「ちょ、なんで私のいない所で話進めちゃってるわけ?」
「でも疑いは晴れて、停学も免れただろう?」
「そりゃそうだけど」
 やっぱり気に食わない。第三者であるニシが勝手に話をつけたというのだから尚更だ。できることならビンタのひとつでもかましたかったのに。
 私が複雑な顔でいると、今回はヒガシに迷惑をかけてしまったな、とニシが言う。
「でも今度同じことが起きても大丈夫だ。しっかり対策を考えたから」
 そう言ってニシは持っていた紙袋を私に押しつけた。開くとニシが着ているのと同じ濃紺のブレザーが入っている。ご丁寧にスカートとブラウスまで。
「今度はサイズを聞いたからばっちりだ。今すぐ着てみるか?」
 ええと、それって。
「もしかして私に暁学園に転校しろ……とか?」
「そういうことだ。俺の側にいれば何ら心配することがない。実にいい考えだろう?」
 私は開いた口がふさがらない。本当、どこをどうやったらそういう考えに至るんだ?
「どうした? あまり嬉しそうじゃないな」
「何て言うか、その――」
「ああ、学費のことだったら問題ない。俺が全て援助する」
「そういうことじゃなくて!」
 授業中にも関わらず、私は廊下で大声を張り上げる。ニシに紙袋を投げ返した。
「何だ? 学費の他に何か問題でもあるのか?」
 えーえ、そりゃあありますよ。あんな宇宙人の集まりの中に飛び込んだら完全に浮くじゃないか。しかもストーカー付き。こいつと一緒にいたら妬み嫉み恨みのオンパレードだってことを。平穏な生活を臨む私に地獄へ行けって言ってるようなものだ。
「とにかく、私はこの学校に通ってるのが一番いいの!」
「どうしても暁には来てくれないのか?」
「行くわけないでしょ! あんな学校誰が行くもんですか」
「そうなのか……」
 私のめいっぱいの拒否っぷりにニシが残念そうな顔をする。仕方ないな、と言ったので諦めてくれたのかと思った。
 ところが――
「だったら俺がこっちに転入するかないな」
 は?
「うん。そうしよう。こういうのは思い立ったら吉日というしな」
 ちょっと話をしてくる、そう言ってニシはくるりと踵をかえした。校長室に向かったので、私は全力でそれを止めにかかる。
「ちょ、アンタ本気でそんなことを言ってるわけ? あの学校に思い入れは? あんた、生徒会長でしょ? そんなことしていいわけ?」
「考えてもみればあの学校は生徒も教師もいちいち鼻について居心地が悪い。それなら親友と同じ学校に通う方が有意義だ」
「親友って……」
「もちろんおまえのことだ」
 ニシの即答に私は頬をひきつらせた。
「今回の件で俺も色々考えさせられた。親友に何かあった時そばにいれないのはもどかしいものだな。相手の苦しみを分かち合えないほど悲しいものはない。だが今度からは大丈夫だ。ヒガシに何かあったらすぐに俺が飛んでくるからな」
 そう言ってニシは胸を張って見せるので私ははぁ、とため息をつく。あのさ、と口を開いた。
「私はあんたの親友になった覚えもないんだけど。つうか顔見知り以下って言ったでしょ! 金輪際関わりたくないんですけど!」
 私の強烈な否定にニシがぐっ、と言葉を詰まらせる。でもヤツはそんなことではへこたれなかった。ふふふ、と不気味な笑い声をあげている。
「いいね。そう言われると余計燃えてくるというものだ」
 何だよこの変態は。どうしたらそういう方向に勘違いできるんだろうか。
 ああ、この非常に残念な人間をどうにかして欲しい。今すぐに。

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