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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


6 「劇場」って何だ?

 ニシが私の通う学校に転校してくる――それは私にとって悪夢のような宣言だった。
 いや、あれは戯言だ。暁学園に君臨する絶対的上位者の戯言だ。気にしない気にしない。
 私はそう思いこんで現実逃避してみたけど、忘れそうな時にヤツの存在がふっと浮かんで気持ちが萎える。二日経った今もその呪縛から逃れられない。
 何せニシは御曹司。この世を動かす神の一族の血を引いているのだ。ヤツならどんな難関も金と権力で何とかしてしまうだろう。
 どよーんとした気持ちで休み時間を過ごしていると、新しく買った携帯に一通のメールが届いた。見たことある様なないようなアドレスに私は首をかしげる。メールを開くと転校の手続きが無事済んだと書いてあった。明日から茜が丘の生徒になるからよろしくなと。
 私はメールの本文に向かってげ、と呟いた。
 番号もメルアド変えたのに。何で知ってるの?
 明日からニシが学校に来る。ヤツはきっと最初に私の所へ来るだろう。接触はどうしても避けられない。せめて同じクラスにならないことを願いたい所だが――
「ねえねえ、明日ウチのクラスに転校生が来るんだってよ」
 教室のどっかから飛んできた声に私はがっくりとうなだれる。いきなり出鼻をくじかれた。
「……ナノちゃんどしたの?」
 机にうっつぷした私に久実が話しかけてくる。
「何か死にそうな顔してるけど」
「もう嫌、耐えられない」
「もしかして――あの件まだ引きずってる? あの女に復讐しようとか考えてた?」
 ニシからの調査報告を伝えたせいか、久実は暁学園の話に対してやたら敏感だ。思えばあの女のせいで久実は散々な目に遭っていたから、恨みのひとつこぼしても無理はない。
 私はそうじゃなくて、と否定するとニシがこの学校に転校してくる旨を伝えた。私の話を聞いて久実はにんまりとした顔をする。
「へー、あの人ここに来るんだ。しかもナノちゃんのために。へー」
 その何かを期待した顔に私はありえないから、と釘を刺しておく。それから私の新しいメルアド教えたでしょ? と問い詰める。それでも久実の口元は緩んだままだ。
 チャイムが鳴ったので久実が逃げるように自分の席へ戻っていく。担任が教室に入ってきた。
 次の時間はHRだ。今日は文化祭の出し物についての話し合いをすることになっていた。
 ひととおりの連絡事項を終えた担任が窓際に寄り添う。代わりに文化祭の実行委員が二人教卓に上がった。一人が率先して口火を切る。
「それじゃ始めまーす。まずはこの間行われた文化祭実行委員会の報告から。先日ウチのクラスで希望した焼きそばとたこ焼き屋ですが、これは却下されました」
 実行委員の報告に生徒からえー、とかなんで? という声が広がる。実行委員の説明によるとウチの学校は文化祭で喫茶や食事系の出し物を希望するクラスが多いので毎年抽選で決めるらしい。残念ながら今年は見事ハズレを引いたそうだ。
「なので、前回の話し合いで候補に挙がっていた別の案の中から選びます。いいですか?」
 実行委員が無理やり議事を進めると、生徒たちからはーい、と渋々感たっぷりの返事が返ってくる。前回私は自宅学習中だったのでその案というのを知らない。だから何が出てくるのか気になる所だ。
 もうひとりの実行委員が黒板に出し物の候補を書き出していく。私は白いチョークで書かれた文字を追いかけて――ん? と思った。
 お化け屋敷や射的というのは分かる。でも最後に書かれた「劇場」って何だ?
「では多数決で。やりたいと思う出し物に手を挙げて下さい」
 私の疑問を無視したまま議題は進められていく。劇場の意味が分からない私は無難なお化け屋敷に挙手した。が他に手を挙げたのは三人くらいで採用の望みは薄い。射的も同じだ。
 結局久実を含めたクラスの過半数が「劇場」に挙手をした。その瞬間発案者らしき男子生徒がよっしゃあ、と叫んでガッツポーズを決める。実行委員が話のまとめに入った。
「ということで多数決によりウチのクラスの出し物は『AKN劇場』に決定しました」
 実行委員の「AKN」という言葉を聞いてだいたいの概要を掴めた。どうやらご当地アイドルの真似をするらしい。
 ウチのクラスは運動部に所属する人が多いので、体を動かす出し物に抵抗はない。また披露するダンスもチームワークが鍵となるから燃えてくるのは必至だろう。反対していたのは運動が苦手な数人とチャらいアイドルをはなから見下してる少数派だ。
「では、詳しいことを言いだしっぺの斉藤くんから聞きましょう」
 実行委員の命を受け斉藤くんが教卓に立った。教室の隅から隅まで見た後できりりとした眉を一回動かす。教卓に両手をつくと身を乗り出して語り始めた。
「知っての通り、AKNというのは茜が丘(AKaNe)の略称だ。ここを小劇場に見たてて歌とダンスのショーをする。楽しいショーを作るんだ」
 斉藤くんの熱意にいいぞー、と野次が飛んだ。ちらほらと拍手が聞こえる、そして隙間を縫ってでもさ、という声も出た。否定的な言葉を投げたのは劇場に反対していた一人の生徒だ。
「そりゃやったら楽しいかもしれないけど実際どうよ? 自慢じゃないけど私、歌上手くないよ。それにダンスもやったことないし恥ずかしい。そういう子って結構いると思うんだけど」
「ダンスが難しいなら簡単にすればいいよ。歌は口パクでもいいんじゃね? そりゃ完璧に越したことはないけど無理強いはできないし。下手でも踊っている皆が楽しければそれでいいと思う。
 皆気づいているか? 高校時代の文化祭は三回しかない。文化祭は羽目を外せる唯一の機会だ。失敗してもそれは一時の恥。終わればみんないい思い出になる。みんな、今しかない青春を楽しもうじゃないか!」
 斉藤くんの声に何人かがおお、と返事を返す。劇場反対派だった人達の眉間の皺が緩んだ。
 彼はもともとリーダの気質があるのだろう。体育会系はチームワークを大事にするから、その辺の持ち上げ方もお手のものだ。
 場が盛り上がってきた所で会議の主導権は再び実行委員に移っていく。
「では詳しいことについてこれから決めていきましょう。実際のアイドルをならっていくならチーム分けが必要ですかね?」
「教室の広さもあるから四チーム位に分けて交代で踊るのがちょうどいいかなって思うんだけど」  斎藤くんの発言に生徒の一人が手を挙げた。
「舞台の脇でオタダンス出来るヤツいたら楽しくね?」
「それ採用!」
「音楽はCDかけるとして――衣装はどうするの?」
「ご当地アイドルだから制服なんじゃない? ちょっとだけ改造するとか」
「でもそれだけじゃインパクトが足りないような」
「はいはーい。男女逆転ってのは? 女子はズボンで男子はスカート履く」
「おお、ナイスアイディア」
「だったら男子はスパッツか見せパン履いてよねー。放送コード引っかかったら身も蓋もないよー」
 久実のツッコミに周りがどっと笑った。それぞれの役割と使う楽曲があっと言う間に決まっていく。クラスの一体感に野球をかじってた私の心も騒いだ。文化祭がとても待ち遠しい。
 ああ、早く来ないかな、なーんてうきうきしていると、
「あ、そういえば明日転校生くるんですよねー?」
 ふいに誰かが担任に聞いてきた。その一言で私は忘れかけていた悪夢を思い出す。担任はああ、そうだよ、とにこやかに答えた。一連のやりとりに斉藤くんの目が輝いたのは言うまでもない。
「AKNに新入り? それはなんて縁起がいい! 文化祭で新しいメンバーのお披露目だ。センターで踊ってもらおう!」
 それ本気で言ってるの? つうかニシが女装? でもってセンター?
 リアルに想像してしまった私は思わずいやあああっ! と叫んでしまう。周りの視線を一気に集めてしまった。斉藤くんが目をぱちくりとさせる。
「ヒガシ……おまえセンターやりたいの?」
「違う違う」
 私は慌てて首を横に振った。
「ほら。転校生にいきなり大役頼むのもどうかと。プレッシャーかけちゃうんじゃないかなって」
「それもそうだな」
 私の取りつくろいに斉藤くんはあっさりと納得した。周りもそうだよね、とか言って頷いている。遠くの席で久実が笑いを堪えていたのは――見なかったことにしよう。
 私は火照った頬を両手で挟んだ。はあ、とため息をつく。
 一時的とはいえ大事な問題をすっかり忘れていた。これから文化祭に向けた準備が始まるからいつもより生徒同士の会話が増えてくる。それはつまり――ニシと喋る回数が増えるということだ。なんてこった。
 でも――
 白い文字で埋め尽くされた黒板を見ながら私は思う。
 ニシは私らが知ってる「一般の高校の文化祭」というものを知らない。果たしてヤツは私たちの考えについていけるのだろうか。
 いや待て。ひょっとしたらこれは――チャンスかも?
 私の中で妙案が浮かぶ。お尻から矢印の尻尾がにょきっと生えてきた。

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