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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


4 コイツ、やっぱり変態だ

 そのあと、私はニシに自分の携帯番号を教えた。
 携帯の番号を教えるのは嫌だったけど、緊急事態だから仕方ない。最悪番号を変えれば済むだろう。
 ニシは親友(私は断じて認めないけど)との番号交換に嬉々としていた。たぶん最低限の連絡以外は電話をかけるな、という私の忠告を完全にスルーしていたに違いない。
 家に帰ると案の定、玄関で両親が顔を揃えて待っていた。いきなり雷を落とされた私はたまったものじゃない。
   親からたっぷり一時間しぼられたあとで、ようやくご飯にありつける。部屋に戻ると携帯に着信がきていた。履歴に残っていたのは先ほど登録した番号だ。
 私はひとつため息をついてから折り返しの電話をかける。呼び出しも出ないうちからニシの声が聞こえたから私は思わず耳を受話器から離した。
 着信があったのは四十分ほど前。
 まさか。それから携帯の前でずっと待ってたってこと、ないよね?
 ニシは興奮気味な声で私に色々分かったぞ、と言う。
「え? もう調べたの?」
「当然だろう。俺の力を侮るな」
 ニシの話によると、動画は国外のネットカフェから投稿されたらしい。その店は防犯カメラがついてなくて人物が割り出せなかったそうだ。また登録の際に使われたアドレスは誰でも取得できるやつだったらしい。
「じゃ、犯人が誰なのか分からないってこと?」
「こっちの方向からの調査は手詰まりということだ」
「そっか……」
 ニシが明るい声で言うからつい期待してしまったけど、トントン拍子で上手くいかないらしい。
「今度は映像の方から調べてみるつもりだ。あんなにも上手く出来た合成写真を作るのには相当な技術が必要だからな」
 ニシの言葉に私はそうね、と同意する。
 確かにあの合成はよくできていた。切り取った感も歪みも全然ないし――って、え?
「アンタあの動画見たの?」
 つくり物とはいえ、アラレモナイ姿にされた私を?
 私の質問にもちろん、と答えた。しかも嫌がらせの原因を探るわけだから隅々までしっかと見た、なんて言いやがるじゃないか。
 コイツ、やっぱり変態だ――
 私は速攻で電話をブチ切った。今かけた番号を着信拒否にして携帯を引き出しへしまう。一連の騒動が終わったら携帯の番号変えてやる、と本気で思う。
 日付けが変わる頃にパソコンを確認すると、例の動画は削除されていた。
 私の削除依頼が効いたのか、はたまた裏でニシが動いたのかは分からない。とにもかくも不安要素の一つが消え、私は安心して床につくことができた。
 だからといって私につけられた枷が外されるわけもなく、翌日から私はリビングでの宿題を強いられる。日中は母親がずっと側についていておちおちテレビも見てられない。トイレにいても扉の外でずっと待っているのだ。監視生活の中で唯一の楽しみは食事だけ。今は体重計に乗るのが怖くてたまらない。
 自宅学習に入って二日目の夕方、担任から電話が来た。明日校長先生が出張から戻ってきたので明日の午後から登校しなさいとの事だ。
 おそらくそこで正式な処分が下されるのだろう。
 母親は恥ずかしい、もう外に出られないわ、と嘆きながらサンドバッグにパンチを連発している。私はそれを見なかったことにすると、明日への思いを馳せた。
 出てくるのは吉か凶か――それを知るのは神だけだ。


 翌日指定された時間どおりに登校すると、すぐ校長室に呼ばれた。
 部屋にある応接セットの二人掛けに校長が座っている。私が来ると知るなり校長は一度立ちあがって深々と頭を下げた。
「今回は色々申し訳なかったですね」
 のっけからの謝罪に私はビビってしまう。
「先ほど暁学園の理事長が来まして、ヒガシさんに大変なご迷惑をかけたと謝罪されていきました」
「え?」
「話によるとヒガシさんの制服を預かった暁学園の生徒が一時帰国していた父親を驚かせるのに着たとか――最初から援助交際ではなかったらしいです」
「は……ぁ」
 最初あれだけ疑ってたくせに。なんという手のひら返し。私はといえば事の真相がたったの数秒で明かされてしまったことに拍子抜けだ。
 私の疑いが晴れた所で校長は手を合わせた。さて、と言う。
「ここから本題に入りますが――貴方が教師に手を上げたことは校則違反に当たります。ですがそれに至るまでの経緯を聞くとこちらにも非があるようですね。不愉快な思いをさせたなら申し訳ない。代わって謝罪します」
 そう言って校長先生は私に向かって再び頭を垂れた。これも深々と。
 一度ならず二度も頭を下げられたので私は反応のしように困ってしまう。
「貴方を疑っていた先生も今は反省しております。なのでここは私の顔に免じて喧嘩両成敗ということでどうでしょう? 今回の処分はなしということで」
 校長が出した条件はそう悪いものではなかったと思う。でも何かが腑に落ちない。
 それは当事者――犯人がここにいないからだろう。ニシに聞けばそれが誰なのか分かるのかもしれないけど、今はアイツと関わるのもごめんだ。
 一番の原因は最初から無関係の校長に二度も謝られてしまったからだろう。先にそうされるとバツが悪いしケチをつけようにもできないではないか。
 私はちらりと担任を見やる。担任は私の心を悟ったのかこくこくと頷いた。ここは校長の言うとおりにした方がいいと目で訴えられる。
 その方が自分の為だというのだろうか?
 大人二人に押され、私はわかりました、と返事するしかない。校長は目元に皺をよせながらにっこりと笑った。

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