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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


13 ヒガシが大切なら、その位簡単だよな?

 しばらくの沈黙のあと、ニシが動き出す。
「ちょ、何処行くのよ」
「おまえは家に帰れ。このことは忘れるんだ」
「え?」
「ヒガシが攫われたのは俺のせいだ。だから俺がカタをつけてくる」
「カタをつけるって――」
 一体何するわけ? と私は問う。いつぞや聞いた自衛隊張りの人達を巽家に送りこんでナノちゃんを救出するとでも?
 私は彼らの姿を実際に見たことがないから、人から聞いた話や想像で賄うしかない。たぶん物語で言う所のSPみたいなものなのだろう。ニシに忠誠を誓う彼らなら自分の身を呈してでもナノちゃんを救ってくれそうだ。
 でも――。
 私は妙な違和感に捕らわれていた。電話先で見たあの女の余裕ぶりがすごく気になったのだ。
 巽芹華は常に私たちの先に回り邪魔をしていた。今回だって自分の身を守るためにナノちゃんを誘拐したわけだし。もしかしたら他にも何かを企んでいるのかもしれない。
 私はどんどん先へ行くニシを追いかけた。腕をがっちりと掴んで抑えこむ。
「だったら私も連れてきなさいよ」
「何故だ?」
「ナノちゃんの親友は私の方が先輩なんだからっ。私を差し置いて勝手なことしないでよ!」
「でもおまえがいたら足手まといだ」
「そりゃそうだけど!」
 私はニシに食い下がる。丁度その時、背後から水野、という声がした。
 自分と同じ苗字だったので思わず振り返る。見知った顔がちらほらと見えた。同じクラスの友達だ。その中には斉藤の姿もあった。
「おまえ、こんな奴と何してるんだよ」
 斉藤は太い眉を中央に寄せながら聞いてきた。その視線はニシの腕にある。夢中になってて気がつかなかったが、ニシの腕は胸の谷間にすっぽりと収まっていた。
「ふうん。ヒガシとは『親友』で水野とは『そういう』仲なんだ」
 どうやら斉藤は私のニシの仲を疑っているらしい。とても馬鹿馬鹿しいと思った。今はそんなのに相手をしている場合じゃないっていうのに。
 私は斉藤たちを無視する。ニシを引きずって車に乗せようとするけど、それは北山さんに遮られてしまった。
「どうした?」
「実は――先ほど旦那さまから緊急の連絡があって、ニシ家に仕える者は全て本邸に集まれとの指示を受けました」
「父が? どういうことだ?」
「理由は分かりません。とにかくすぐ集まれと」
 その言葉にニシは驚きの表情を隠せなかった。
「晃さんの知っている通り、二人以上の人間から同時に指示が下った時は当主により近い人間が優先されます。それ故私は本邸に向かわなくてはなりません。おそらく他の者も同じかと――こうなった以上救出は難しいかもしれません」
「そんな」
 私は愕然とする。頼みの綱だった人達が使えなくなるなんて――
「これもあの女の作戦か?」
 ぽつりと呟いた一言に私は体を強張らせた。
「動画の件もそうだが、あの女は情報収集に長けている。ねつ造もお手の物だ。父に何らかの理由をつけてけしかけたのかもしれない」
「じゃあ、もう打つ手なしってこと?」
「いや。まだ可能性はある」
 そう言ってニシは踵を返すと斉藤たちを見た。ゆっくりと彼らに近づく。
「おまえたちは部活でかなり体を鍛えていると聞いている。そこを見込んで頼みたいことがあるのだが――」
「嫌だね」
 真っ先に答えたのは斉藤だ。
「何を頼むのかは知らないけど、クラスメイトをクズだって思ってるヤツの話は聞きたくない」
 斉藤の言っていることは私にも分からなくない。自分を見下した人間が手のひら返して頼ってくるんだから。怒るのは当然なのかもしれない。
 だから私はニシのフォローに回って説得を引き継ぐことにする。
「斉藤、そんなこと言わないで手伝って。詳しい事情は話せないけど、ナノちゃんが誘拐されて――とにかく一大事なの! あんたクラスメイトの危機になんとも思わないわけ?」
「だったら『神の一族』の力でなんとかすればいいじゃないか」
「それができないから頼んでいるんじゃない! 私が頼んでもダメなわけ?」
 私の問いに斉藤が一度口を閉ざした。何か考えている様子だったが、それでも駄目だ、と突っぱねられる。
「何で?」
「ニシの味方につくヤツは信用できない」
 それを聞いて私はこの分からずやを殴りたい衝動に駆られた。怒りで体がのめりになる。でもそれはニシよって抑えられた。
 ニシは私の前に立ちはだかるとしごく冷静な声で問う。
「ではどうすればいい? 何をすれば俺の願いを聞いてくれる?」  その質問に斉藤の眉がぴくりと動いた。ニシの真剣な目をじっくり見据えた斉藤がふっと笑みを覗かせる。
「だったらまずは土下座してもらおうか」
 ヒガシが大切なら、その位簡単だよな? と斉藤は続ける。周りがざわめいたのは言うまでもない。私もいくら何でもそこまで、と思った位だ。
 けどニシは迷うことなく地面に両手をついた。深々と頭を垂れ声を振り絞る。
「頼む。力を貸してくれ」
「それだけか?」
「このままではヒガシの――親友の身が危ないんだ。それだけは避けたい。絶対あってはならないんだ」
 ニシは更に頭を下げ、額を地面にこすりつけた。彼の言葉に屈辱という感情は一切ない。それどころか切羽詰まったものが伺える。ナノちゃんを助けたいという気持ちが全身から溢れている。
 見ていた私はとてもやりきれなくなった。切なくて悔しくて。自分がいながらニシにこうさせてしまったことに情けさを感じる。
 私は斉藤を睨みつけた。
「ニシを跪かせることができてそんなに嬉しい?」
 私が放った言葉に斉藤が閉口する。他のクラスメイトもばつの悪い顔をしていた。
「今のあんたはサイテーだ。それこそクズよ」
 私はニシの腕を引っ張った。こんな奴に頭下げる必要なんかない、と促す。だけどニシはそこから動こうとしない。地面に顔を伏せたまま頼む、と繰り返すばかりで。
 しばらくの間、沈黙が広がる。ニシの土下座に私たちは動けずにいた。

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