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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


14 ちょ、何で人の成績知ってるのよ!

***

 学校を出てから一時間後、私はソファーの上で何度目かの馬鹿、を呟いていた。ループする思考は留まることなく、時間だけが費やされていく。
 ああ、私の馬鹿馬鹿大馬鹿。なんて馬鹿をやったのだろう。
 久実と別れた後、私は駅までの道をのろのろ歩いていた。日はすっかり沈み通りすがりの人の顔も近くで見ないと確認できない状態だった。しかも私の頭の中はヤツが起こした問題で埋め尽くされていて――注意力が欠けていたと言ってもいい。
 だから目の前に黒塗りの車が見えた時、私は疑いもせずにその車に近づいてしまったのだ。
 ――あんた昨日から一体何してたのよ、こっちはアンタのせいで大変だったんだから!
 なーんて開いたドアに不満を爆発させたらいきなり口を塞がれて、無理やり車の中へ連れていかれて――現在に至るわけである。
 私が今いるのはどこかの家の客間のようだ。それもかなり裕福そうな家。
 天上はシャンデリアが輝き、床はふかふかの絨毯が敷かれている。壁はおそらく大理石。インテリアに置かれた壺は高そうだし今転がっているソファーも上等のものだ。
 最初はニシの家に連れて行かれたのかと思ったけど、その案はすぐに却下された。何故なら今私は手足を縛られているからだ。いくらなんでもニシにこんな趣味はないだろう。
 あと考えられる金持ちの類はただ一人。たぶんそっちが本命だ。
 私はロープを解こうとソファーの上で体をくねらせる。縛られてる、と言ってもロープと体の間にタオルを挟まれているから一応の配慮はされている。が、動けないことに変わりはない。
 なんとかソファーから降りることが出来た私は両足飛びで扉に向かう。
 すると突然ドアが開いた。内側に弧を描いた扉は見事私の鼻先にぶつかり、私はふかふかの絨毯に転がった。
 部屋に入ってきたのは以前私に嫌がらせをしてきた縦巻き女だ。女は床にへばりつく私と目があうと鋭い目で睨む。
「なんて無様な恰好なのかしら」
 その一言に私は誰のせいよ! と反抗する。だが女はそれを鼻息で吹き飛ばした。ついてきた大柄の執事らしき男が私を抱え、ソファーに放り投げる。
「この姿を晃さんに見せたい所だけど――残念ね」
 縦巻き女は持っていたタブレットを私につきつけた。画面には黒塗りのベンツが門の中へ入っていく様子が映っている。画面は一分も待たずに室内の映像に切り変わり、そこではエントランスを歩くニシの姿が確認できた。
「このとおり、晃さんは無事帰宅したわ。あなたがここにいるなんて知る由もない」
 縦巻き女の言葉に私は眉をひそめた。
 まぁ、期待はしてなかったけど、いざ見せつけられるとちょっとだけ凹む。たぶん久実も私が攫われたなんて思ってないだろう。
 私の沈んだ気持ちとは裏腹に画面はくるくると切り替わっていく。映像が絶えずニシを追いかけているものだから私は思わず聞いてしまった。
「あんたってまさか、ニシのストーカー?」
「失礼ね。私は晃さんの純粋なファンよ。平穏に暮らせるよう影から見守っているだけ。あんな下衆どもと一緒にしないで」
「だからそういうのをストーカーっていうんじゃ」
 うっかり滑った私の言葉に女の顔が引きつる。衝動的と言っていいほど、女の手が大きく振りかざされた。
 うわ、殴られる?
 私は思わず身構えた。けど、女の手は一定時間空を彷徨っただけですぐに下げられる。そのかわりに出てきたのは私への暴言とも言える命令だ。
「ちょっと! この汚い口を封じて頂戴」
 縦巻き女の命を受け、ついてきた執事らしき人間が動き出した。すぐさま私の口にタオルが噛まされる。アンタの声聞いてると耳が腐るわ、の一言にそれはこっちの台詞だ! と返しそうになる。
「大丈夫よ。あんたに危害を加えるほど私だって馬鹿じゃない」
 外側からはね、と意味深な言葉を残して女は不敵な笑みをのぞかせた。
「私の家はITを中心とした企業展開をしてて、世間の情報をいち早く入手することができるの。情報量の多さはこの国で一番と言っていいくらい。人様には大きく言えないけれどハッキングも超一流なのよ。例えば――」
 女が画面をタップして操作を始める。その指が止まるとにやりと笑った。
「東菜乃花、県立茜が丘高等学校一年E組、出席番号二十六番、この間の中間試験の成績は現国六十三点、世界史五十四点――あらあら英語なんて赤点ギリギリじゃないの」
 ちょ、何で人の成績知ってるのよ!
 私は思わず叫ぶけど、猿ぐつわをされたせいで唸り声しか出てこない。
 私の慌てぶりを見て味をしめた女は更なる攻撃を仕掛けてきた。
 タブレットを再び私に向けられる。液晶に映し出されたのは野球のユニフォームをまとった少年たちの姿だ。その中にはまだ幼かった頃の私もいる。
 懐かしい顔ぶれに私は目を丸くした。心臓がどくりとうずく。
「あなた、この野球チームに所属していたんですってね。当時はその俊足を生かして大活躍。周りから盗塁王女と呼ばれたとか」
 それが――どうした?
 私は唇をぎゅっと噛みしめる。じわじわと押し寄せる不安が私を取り囲んだ。
「でも二年前、あなたは突然チームを辞めてしまった。試合中に膝を故障して再起不能になったというのが表向きの理由とされているけど――あら? 顔色が悪いわよ。どうしたの?」
 ゆったりと語りかける女はとても楽しげだ。
 私は握った拳を強く握りしめる。指の間にしめったものがにじんだ。
「そうよね。当時一緒だったチーム仲間と監督に暴力をふるっってチーム追い出されたなんて大きな声で言えないわよねぇ。しかも親が示談金ばら撒いて口止めしたとか。そのお金も消費者金融から借りたそうね」
 それ以上言うな!
 私は低い声で唸った。体をひねってなんとか立ち上がろうとするけど、両足を縛られていてうまく動けない。バランスを崩した私はソファーに頭からずり落ちる恰好になってしまった。
「あらあら、とても見苦しいですわね。下着が見えてますよ」
 女の余計なお節介に私は焦りを通り越して赤面した。
 私の失態に女はにやにやと笑っている。そのあとで手を合わせ、そうそう、と言葉を続けた。
「その怪我をなさった人にお話を聞くことができたんでしたっけ。あなたのこと色々と言っておりましたわ。よかったら聞かせましょうか?」
 女が軽快に指を動かすと、タブレットの画面が動画に切り替えられた。動悸が加速する。できることなら耳を塞ぎたいけどこの状況じゃ無理だ。
 私は今度こそ覚悟を決める。するとあさっての方向からアラームが鳴った。後ろで待機していた執事が芹華お嬢様、と声をかけてくる。
「就寝のお時間でございます」
 そのひと声に女がちっ、と舌打ちする。これからが面白くなるってのに、と低い声で呟いた。でもすぐに猫なで声で分かりました、と対応する。そのあとでもう一度私を睨んだ。
「でも仕方ないわよね。明日は晃さんと文化祭を見る約束があるから、肌を休ませておかないといけないと。この続きは明日の朝にしましょう」
 ではごきげんよう、そう私に挨拶をした女はタブレットを抱え部屋を出て行く。去り際にいい夢がみられるといいわね、と残しつつ。
 こうして私は再び部屋に閉じ込められることになったのである。

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