NOVELTOP

ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


11 これが私の復讐だ

***

 私はナノちゃんと別れたあと、駅とは反対の方へ向かう。通りを二つ超えた先の角で左に曲がると黒のベンツを見つけた。後部座席の窓を軽くノックする。パワーウィンドウがゆっくり下降すると今日クラスを騒がせた張本人の姿が現れた。
 ニシは重そうな瞼を二度三度はためかせたあとで、大きなあくびを飛ばす。
「ずいぶん遅くまで学校にいたんだな」
「色々あってね……『例のもの』はどうなったの?」
「これでいいか?」
 ニシは車内にあった大きな紙袋を私に掲げた。窓ごしに受け取った私は中身を確認し、満足げに頷いた。
「ありがとう、これ手に入れるの大変だったでしょ?」
「探す方が面倒そうだから作ってきた」
「わざわざ?」
「そうだ。ウチの製造ラインは一杯だったから海外の会社に直接依頼して――さっき帰国したばかりだ」
 そう言ってニシはまたあくびを飛ばした。前日の早退と今日の欠席はそういうわけだったのかと、私はこっそり納得する。
 数日前、私はニシにはあるものを用意してほしいと頼んでいた、でも無いなら似たようなものでいい、と前もって言っておいたはずだ。なのにニシはわざわざ海外に出向いてまで用意してくれた。おそらくニシ自身も譲れないものがあったのだろう。なのでこの件に関して言及しないことにした。
 そのかわり別の件で釘を指すことにする。
  「『あの女』ちゃんと来るんだよね?」
「本人に意志がなくても、俺が明日学校に連れて来る。大丈夫だ」
 それを聞いて私はちょっとだけ安心した。
 明日の文化祭で私はあるサプライズを計画している。それは暁学園で味わった屈辱に対する報復ともいえた。
 あの日、私はナノちゃんから貰った招待状で暁学園の文化祭を楽しんでいた。でもすぐに学園の風紀委員に捕まってしまった。ナノちゃんには喋らなかったけど、あの時私は理不尽な取り調べやボディチェックを受けていたのだ。奴らははなから私をテロリストの類と疑ってかかっていたのである。
 そのあと私はあの女を筆頭とするグループに引き渡され、私は学園内にあるカジノへと連れだされた。何でも好きなゲームを、と言われたので私はポーカーをリクエストした。ポーカーは「引き」の強い私の得意とするジャンルで十八番でもあった。
 今思えば、あの時点で適当に負けてればよかったのだと思う。少なくともあんな目に遭う事もなかっただろう。でもテロの犯人扱いされていた私はむしゃくしゃしていて、奴らを見返すことしか考えてなかったのだ。
 案の定、連勝する私にあの女はイカサマだ何だといちゃもんをつけてきた。そしておしおきと言って私のフラグゲームの会場へ放りこんだのだ。試合は全てあの女の思うがままで、私は苦汁を飲まされた。
 ――所詮アンタは「身代わり」なの。だから誰に何をされようが仕方ないのよ。
 あの女の高笑いは今も私の耳にこびりついている。あのあと私のピンチはナノちゃんが救ってくれたけど、あの女への恨みつらみは消えない。ナノちゃんに悪意の矛先を向けたから尚更だ。もろもろの恨みを晴らすのに、文化祭は絶好の機会だった。
 目には目を。嫌がらせには嫌がらせを。そうでもしなきゃ私の腹の虫は収まらない。一度地獄に落としてやろうじゃないか。
 これが私の復讐だ、とニシに話したら怖い奴だな、と鼻で笑われた。でもニシもあの女に一杯食わせてやりたかったらしく、私に協力してくれると約束してくれた。
 その後私たちはあの女の弱点を突いたシナリオを立て、それぞれの準備にとりかかり――現在に至るわけである。
   私は次の欠伸を噛みしめるニシにそうそう、と話を持ちかける。
「この間斉藤にクズって言ったでしょ? 今日その事でクラスが大変なことになっちゃったんだから」
「そうなのか?」
「おかげでニシの評価は最悪だね。ナノちゃんも親友だって言いふらされたせいで対応に困ってたわよ。どうするの?」
「……昼間電話がかかってきたのはそのせいなんだな」
「口にはしなかったけど、あれは相当苛々してたね。メールでも打っておけば?」
「いや。直接電話する」
 そう言ってニシは自分の携帯でナノちゃんを呼び出した。数秒してニシの口からんん? と声が上がる。
「着信拒否でもされた?」
「そうじゃない。出ないんだ」
 ニシは自分の携帯を私の耳に近づける。スピーカーからは電源が入っていないためかかりませんというアナウンスが流れていた。
 私も首を横にかしげる。何故なら今朝、ナノちゃんから充電をフルにしたという話を聞いていたからだ。新しい携帯は前よりも電池の減りが遅くて助かるみたいなことを言っていたのに。携帯の電源を切る用事でもあったんだろうか?
 私は思いつく限りの可能性を考えてみた。この近くに病院はない。電波の届きにくい場所もない。電車に乗るにしてもあと徒歩で五分はかかるはずだ。意図的に電源を切るなんてありえない。
 だとしたら――
「ニシ、車で駅まで送ってもらいたいんだけど。いい?」
「それは構わないが。どうかしたのか?」
「……すごーく嫌な予感がする」
 それは漠然としたものだったけど、とても嫌な感じだった。
 すぐに後ろのドアが開いたので私は車に乗り込んだ。ニシが運転手さんに声をかける。学校まで車を走らせ、そこからは通学路をなぞって駅へ向かった。
 車のライトが道を照らす。ナノちゃんの足ならそろそろこの辺で出くわすはず――
 だけど、そこにナノちゃんらしき高校生の姿はどこにも見当たらない。そうこうしているうちに車は駅に着いてしまった。
 私は自分の携帯を出すとナノちゃんに電話をかける。でも返ってくるのは電源が切れていると言うお決まりの言葉だけ。
「なんで?」
 ナノちゃんと別れてから追いかけるまで数分もなかったはずだ。なのに彼女は消えてしまった。まるで神隠しに遭ったかのような展開だ。
 私は口元に手を当てる。きっと青ざめた顔をしていたのだろう。ニシがどうした? と聞いてくる。
「顔色が良くない。具合でも悪いのか?」
「どうしよう……ニシ」
 ナノちゃんが消えちゃった――
 私が紡いだ言葉にニシは目を大きく見開いた。

NOVELTOP