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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)


10 「何かあったらすぐ駆けつけるって言ったくせに」

 その日の午後、事件は起きた。ニシが私用があるといって学校を早退したのだ。
 更に翌日、ニシが学校を休んだから教室の中は騒ぎの渦となる。
「ニシくん、どうしたのかしら?」
「さっき先生が病欠だって言ってたけど――風邪かな? 明日からの文化祭、大丈夫なのか?」
「斉藤、ニシから何か聞いてないの?」
 クラスの一人が斉藤くんに話を振る。でも斉藤くんは知らねえ、と突っぱねた。
「そもそも風邪引いたかどうかも怪しいし。つうか、AKNも37に戻した方がいいんじゃね?」
 斉藤くんの落とした爆弾にクラスが騒然とした。どういうことだよ、とクラスの一人が聞いてくる。ニシと何かあったのか、と。
 その質問に斉藤くんは不機嫌そうな声で答えた。
「ヤツにとって俺らはゴミみたいな存在だってこと。どうせ俺らのやってる事も心の中で馬鹿にしてるんだろ」
「何だよそれ」
「詳しいことはヒガシに聞けば? なんたってヤツの『親友』らしいですからねぇ」
 その皮肉めいた台詞に背を向けていた私は肩を震わせた。
 振り返らなくても斉藤くんが怒っているのが伝わってくる。そしてクラス全員の視線が私に集中していることも。
 嵐はその後すぐに訪れた。
「ニシは来るのか?」
「親友ってどういうこと?」
「ゴミってなんだよ?」
 それは答えたくない質問のオンパレード。だけどみんな真剣な顔で聞いてくる。
 二重にも三重にも重なったヒガシ、の声に私の顔は完全に引きつっていた。だから教科の先生がすぐ現れたときはどんなにありがたかったことか。
 朝の騒動のせいで休み時間は常に教室から離れる羽目になった私は、昼休みも外で食べざるを得なくなった。普段から外で食べるのは嫌と言う久実も今日だけは呆れた顔で付き合ってくれた。
 午後の授業は文化祭の準備に当てられる。その間も看板の数字を8のままにするか7にするかでひと悶着あったけど、当日の状況で決めるという委員長の判断で一先ずおさまった。
 舞台の準備が整うとすぐにダンスの練習だ。ニシの役は割と重要だったので急遽代役を立てることになった。でも代役に選ばれた人はニシの立ち位置を覚えるのにせいいっぱいで、細かい動きまではついていけてない。更にラストの曲で予定していた大技がなかなか決まらず、クラスの士気は下がる一方だ。
 ミスが別のミスを呼び、通しは何度も行われる。下校時間を過ぎても納得のいく所までは行きつかなかった。
 痺れを切らした担任のリミット宣言にクラスは解散を余儀なくされる。それでも斉藤くんのグループは他の場所で練習を続けるらしい。私は後ろ髪を引かれる思いで教室を後にすることになった。
「これはどうみたってまずい……よね?」
 鮮やかに飾り付けをされた廊下で私はぽつりつぶやく。
 他のクラスは準備を終えていて、教室の電気は消えていた。
 久実は風船でできた犬をつつきながらそうだね、と言葉を返す。
「朝からずっと空気淀みっぱなしだったもんねー。ほんっと、ナノちゃんは馬鹿なことしたよねぇ」
 現状と個人的な感想を久実はさらりと言う。非常に冷静で淡々と述べるから怒ってるんだか呆れてるんだかも分からない。だから私は言い訳すら言えずうう、と唸るばかりだ。
 私の「ともだち100にん作戦」は見事失敗した。頼みの綱だった斉藤くんは私への不信感を募らせている。ニシは私を親友だと言い切ったばかりか、特上の勘違いまでしてくれた。
 一番まずいのは斉藤くんや他のクラスメイトをクズ扱いにしたことだ。
 あれはまずい。それこそニシの言う人権問題ではないか。
 これでは明日ニシが来てもみんなとの溝が埋まるとは思えない。せっかくの文化祭がギスギスしたものになってしまう。
 私は携帯を出すと画面をちらりと見た。昼休み、勇気を振り絞ってニシに電話をかけてみた。けどすぐ留守電になってしまい繋がらなかった。伝言を残したから返って来るかなと思ったと思ったのに未だメールの一つもきやしない。
「何かあったらすぐ駆けつけるって言ったくせに」
 私は久実に聞こえない声でこっそり呟く。でもそれは傲慢だと思った。ニシを知り合い以下と宣言した自分にそんなことを言う資格はない。つうか、そんなことしたら本当の馬鹿だ。
 私が今にもしゃがみそうな思いでいると、何かを察した久実がぽつりと呟いた。
「明日――ニシは来るよ」
「え?」
「だって、ニシはナノちゃんのこと親友だって言ってるんでしょ? 親友が困る様なことはしないと思うよ。それに――」
 そこで久実は一度言葉を切る。少しして、きっとけろっとした顔で現れるって、と続けた。
 私たちは壁一面がチラシで埋め尽くされた階段を下っていく。最後の一段を降りると久実がくるりと踵を返した。
「じゃあ私は準備があるから」
「準備?」
「明日の文化祭に客を呼んでるから、色々と、ね」
 じゃあね、と久実は手を振ると駅と反対の方向へ走って行ってしまった。一人取り残された私はのろのろと家路に向かうしかない。
 歩きながら明日のことをあれこれ考えてはみるけど、どうすれば最善なのかが分からない。
 あまりにも集中していたため、私は身の回りの変化に気づけずにいた。
 一台の車が学校からずっとつけていたこと。
 それがとてつもなく高そうな車だってことに――

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