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ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(文化祭編)

文化祭編 〜ヒガシとニシの珍道中〜

1 だいたい私はこんなに胸でかくないわ!

 家までの距離を一気に駆け抜ける。すぐに膝が笑ってしまったけど、そんなの気にしている場合じゃない。今にも車で追いかけてくるんじゃないかとひやひやだ。
 足を引きずらせやっとこさ家のドアに手をかける。入る前に一度振り返り追手がいないか確認した。
 うん、大丈夫。ヤツの姿はない。
 私は家に入るとすぐさま鍵をかけた。疲れがどっと溢れてくる。
「アンタ何してんの?」
 玄関でひとりうずくまっていると母親に声をかけられた。
「帰ってきたならちゃんと『ただいま』って言いなさいよ。夕飯もうすぐできるわよ」
「いらない。外で食べてきたから」
「やだ、夕飯いらないからちゃんと連絡しなさいっていつも言ってるでしょ――って、アンタその服どうしたの? 昼間制服で出てったでしょう?」
「……もう寝るわ」
 私は母親の愚痴をすり抜けると階段を昇った。二階にある自分の部屋へひきこもる。部屋着に着替え落ちつくと携帯と家の固定電話が同時に鳴った。
 私は思わず肩を揺らす。まさかヤツから? と思うけど、よくよく考えればヤツは私のメルアドなんて知らないのだ。
 私は胸をなでおろすと携帯を手にした。固定電話の呼び出しもすぐ止んだので家族の誰かが取ったのだろう。
 改めてメールを確認しようとするとふいにドアがノックされた。
「菜乃花、電話きてるけど」
「誰?」
「久実ちゃんから」
 それはある程度予想できた相手だった。とはいえ固定電話にかけてくるなんて珍しい。くるならメールか携帯だと思っていたのに。
 私は母親から電話の子機を受け取ってもしもし、と声をかける。
「何で先に帰っちゃったのよ、こっちは大変だったんだから!」
 私はそう毒づくけど、久実はそれを一蹴した。切羽詰まった声で私に問う。
「私が飛ばしたメール見た?」
「まだだけど」
「今すぐ見て!」
 危機迫る声でせっつかれた私は疑問符を浮かべながら、とりあえず言うとおりにした。子機を顎と肩の間に挟み空いた手で携帯を操作する。届いたメールの題名は「Fw:」本文には動画サイトのURLが表示されていた。
 一体何だろう?
 私は指定されたサイトへ飛ぶ。見たことのある黒い長方形が色づき始めると一瞬で目が釘づけになった。映し出されたのが私だったからだ。
 けだるい表情で缶ビールを飲んでる姿、旨いと言わんばかりに煙草を吸う姿がスライドで表示された。胸を露わにしてセクシーポーズで決める姿なんてのもある。
「ちょ、何なのこれは!」
「それはこっちが聞きたいわよ。ナノちゃん、あなたいつからこんな破廉恥なこと」
「するわけないでしょ! だいたい私はこんなに胸でかくないわ!」
 私はつい大声で反論する。勢いとはいえ、言ったあとで自分が虚しくなった。
 けどそれはそれで説得力があったらしい。久実に確かにナノちゃんの胸は頑張ってもBカップよね、と追い打ちをかけられたから。ショックで私の胸が更にひっこみそうだ。
 私が静かに落ち込んでいると、なるほど、と久実は唸った。
「ということはアイコラなんだ。よくできてるなぁ」
「アイコラ?」
「合成ってこと。誰かがナノちゃんの写真に他の画像を組み合わせて投稿したかも」
 久実の話によると、メールは三十分ほど前に届いたという。差出人のアドレスは久実の携帯には登録されてなかったので誰かは分からない。ただ、メールは他にも送られたらしく、メールのCC欄には高校のクラスメイトや中学の同級生のアドレスがあったという。
「この様子だと私だけじゃなくナノちゃんの知り合い全員に送られたんじゃないのかな? ナノちゃん、こんなことする人に心当たりある? 恨み持たれてるとか」
「どう、だろう?」
 その質問に私はない、と自信を持って否定することができなかった。本人に自覚はなくても相手が一方的に恨んでる可能性もあるからだ。
 久実は私の曖昧な答えを聞きつつ、とにかく、と声を上げる。
「このまま放置するのは危険だと思う。動画見た変なヤツがナノちゃんの居所突き止められちゃうかもしれないし。先生や親に見つかったらもっと大変だよ。というよりナノちゃんがイタイ人になっちゃう」
「そうだね」
 私は携帯をぎゅっと握りしめた。 
「まずはナノちゃんが送られたメールは自分と一切関係がありませんって周知しないとね。あと動画の削除依頼かけないと」
「確か――動画に問題があったら管理人が削除してくれるんだっけ? 誰が投稿したのか問い合わせできるのかな?」
「削除はできるだろうけど個人情報ってよっぽどのことがないと教えてもらえないんじゃ?」
「だったら警察に被害届出すとか? でも、それだと親や先生にバレちゃうよね」
 私たちは電話を挟んで考え込む。
 ああ、こういったのに全然詳しくないからどこから手をつければいいのか分からない。一体どうすれば――
   「『あの人』ならこういったトラブルもなんとかしてくれそうだよね?」
 ふいに久実が呟いた。頼んでみる? と言う。
 あの人、というのはたぶんでなくてもヤツのことだろう。
 確かに。ヤツの力をもってすればこのけったいな写真を作った犯人もその動機もすぐに解明するかもしれない。
 でも――
 私はぶるぶると首を横に振る。やっぱりいい、と突っぱねた。
「なんで? ナノちゃん、このままじゃ大変なことになるよ。それでいいの?」
「そりゃ嫌だよ。けど、アイツに相談するのはもっと嫌なんだって!」
「?? ナノちゃん――あの人と何かあった?」
 私は答えに困った。今ここでヤツから一方的に親友認定されたとは言えない。そんなことを言ったら久実は尚更相談しなさいと言うに決まってる。ヤツが勝手に思ってるならそれを利用しなさいって。
 でも私にそれはできない。それをしたら誤解が解けた後もヤツに付きまとわれるのが目に見えているからだ。そしたら毎度ヤツに絡まれるわけで、そのとばっちりで命とか狙われちゃうわけで――
 私の中でヤツの不気味な笑いが蘇る。身震いが走った私は自分の肩を抱いた。
「とにかく。他の方法を考えるから久実は心配しないで」
 じゃあ、といって私は強引に電話を切る。いつまでも耳に残るヤツの声をかき消すとベッドに転がった。
 私は布団の中で他に誤解を解く方法はないか考える。けど、どうにもいい案が浮かばない。
 結局その日はなかなか寝付けず、とても長い夜を迎えることになった。

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