5 カタチ
自分のカタチを求めて旅を続けたカチカチくん。
暗い森を越えたあとは黙々と歩き続けました。
北へ北へ。遅れた分を取り戻すために、目的のために、他の事には目もくれずに歩きます。
ひとつひとつ国をこえ、そして――
カチカチくんはとうとう北の国との国境にたどり着きました。
この先に自分のカタチを作ってくれるお医者さんがいる。
旅の終わりまであと少し。
そう思うと、カチカチくんの心は高まりました。
その日、国境にある宿屋に入ったカチカチくんは、自分の型を作り始めました。
世界でたったひとつ。自分だけのカタチ。
カチカチくんは自分が出会った人たちを思い出しながら自分のカタチを描こうとします。
でも、何度思い返しても、どう考えても思うようなカタチが浮かびません。
カチカチくんは困りました。
素敵な服を作るリフォーム職人のふくちゃん。
カチカチくんには彼女のような才能はありません。皆といっしょだったら何でもよかったので、特別好きなものもありませんでした。
旅で知り合った友達。
彼のように辛い事を忘れて街にとどまっていたら、それはそれで楽しい日々だったかもしれません。
でも、それが正しい事だったのかというと、ううんと唸ってしまいます。
森を一緒に歩いてくれた強面の社長。
その中に秘められた強さと優しさは本物だと思いました。
大切なものの為なら何でもやりそうなその意気込み、自分にとって大切なもの――
自分自身はとても大切だとカチカチくんは思ってました。
お医者さんにこのビニール袋をかぶせられた時から、生まれて持ったこの体は、何が起きようとも大切にしたい、と。
けど、その気持ちだけではカタチを想像することができません。
煮詰まったカチカチくんは、気分を変えるために外に出ようと宿の玄関に向かいました。
すると、重そうな荷物を抱えた女の子が、外に出ようとしてたのです。
宿を出るには遅すぎる時間帯。
気になったカチカチくんは思わず声をかけました。
「あの、どこへ?」
「はい?」
女の子が振り返ります。
「あ」
「あら?」
カチカチくんは驚きました。
目の前の女の子もカチカチくんと同じビニール袋をかぶっていたからです。
「そのビニール――あなたも『カタチ』探してるの?」
女の子の問いかけにカチカチくんはうなずきました。
「君もカタチを作ってもらいにここまで来たの?」
「作ってもらいに――っていうより、自分で作りに来たの」
「え? 自分で作れるの?」
思いがけない言葉にカチカチくんの目がまんまるになりました。
女の子はにっこり笑います。
「私、結晶のカタチになりたくてここまできたの。でも結晶は自然でしかできないカタチだっていうから、あの山から気流に乗ってダイビングするの」
「ええっ!」
「どうも高いところから降りないとダメらしいのね。まぁ、蒸発しやすい方が結晶になりやすいみたいだけど」
すごい女の子だ、とカチカチくんは思いました。
同じ「溶けて消えちゃう」かもしれない状況なのに。この子は自分のカタチを見つけているんだ――
「すごいね。君」
「そうかなぁ? 私はすごいこととは思わないけれど。君は何かカタチ考えているの?」
「それが……」
カチカチくんは困った顔をしました。
「考えてるコトは考えてるんだけど、よく分からなくて。カタチを探す旅のはずだったのに、自分が何も持ってないことに気づかされっぱなしだよ」
「ふーん。でも、何も持ってないってコトはないんじゃない。だって、いろんな感情や決心がなかったらここまで旅を続けているわけないし。自分で気づいていないだけじゃないの?」
「そうかな?」
「少なくとも、私は君のこと『悪いヤツ』には見えないけどね」
そう言って、ゆきちゃんは窓から外の景色をながめます。
「私は人と比べられるのが怖くて、負けないようにがんばりすぎたから、オーバーヒートしちゃったのね。で、こんな風になっちゃって。正直人生終わったって思ったよ。みっともないって――
けど、それは私のひとりよがりだったんだよね」
「え……」
「このビニールつけた日ね、私の住んでる街に雪が降ったんだ。私の街は雪なんてめったにふらないから、みんなはしゃいでいた。結晶がとても綺麗でね。小さくて、すぐ溶けちゃうのに、でも綺麗なカタチで人を喜ばせてくれて。
それを見たとき、自分の心ってこの結晶より小さいな、って思っちゃった。だからせめて気持ちだけでも雪の結晶に近づきたいって思って、このカタチを選んだんだ。それに、私の名前もユキってゆーし。何か縁を感じるでしょ」
「うん。そうだね」
「まぁきっかけなんてそんなもん。単純ですぐそばにあるもんだと思うよ。あとは自然まかせでいいんじゃないかな?」
「うん」
ユキちゃんの話を聞いたせいでしょうか。カチカチくんは心の荷物が少し軽くなったような気がしました。
ユキちゃんは宿の時計を見上げます。
「あ。もう出かけないと。山の天気は変わりやすいって宿のおばさん言ってたし。じゃ、君も気をつけてね!」
ユキちゃんはあたふたと荷物を背負い込むと宿のドアを開けました。
「ユキちゃんも気をつけて。綺麗なカタチになってね」
「ありがとう」
ユキちゃんは手を振るとしっかりとした足取りで山へと向かいました。
カチカチくんはユキちゃんの姿が見えなくなるまで見送ります。
外は凍える寒さでしたが、カチカチくんはまたひとり、貴重な人に会ったのだと思いました。
みんなそれぞれ考えてる事は違うけれど、一生懸命に生きているひとが、この世界にはたくさんいる。
自分も一生懸命に生き続けよう。
あせらずに。ゆっくりとでいいから。
カチカチくんは星空の中でそっと誓ったのでした。
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