4 矛盾の迷宮を超えて
ひょんなことから強面の社長と森を歩くことになったカチカチくん。
社長のカタチはとても鋭く大きな刃でしたが、社長から発せられる言葉には何か温かい、やさしさのようなものを感じていました。
暗い森の中で社長の言葉だけが響きます。
「ウチの若いもんが脅かしちゃってすまなかったな。でも、こうでもしなきゃ門番がつとまらないのさ」
「どうしてですか?」
「ぼうずも見ただろう、あの街は快楽であふれている。気を緩めるとそこにつけこんで襲ってくる奴が門の外にはうじゃうじゃいるのさ。それを防ぐのがワシらの仕事だ」
「おまわりさんなんですか?」
「おまわりじゃあないんだが……まぁそんな所だ。自分たちの大切な場所を守ってるって思ってくれればいい。
わしらは街から出てく奴らにも気を配らなきゃならないのさ。外は危険だって警告しないとな」
「だからあの時怖かったんですね」
「今更納得したか」
はは、と社長は笑いました。
「だって、街で仲良くなった人が出られないって言ってたし……そういうわけだったんですね」
「ダテに怖い顔をしたりしてるわけじゃあないさ。それなりに理由があるってもんだ。ところで、ぼうずはどうして旅をしているんだ?」
カチカチくんは自分の旅のいきさつを話しました。
自分はカタチがないから、このままだと消えてしまうということ。
治すためには北の国に行ってカタチを作ってもらわなくちゃならないこと。
街で気が緩んで、自分を見失いそうになったこと。
思ったことすべてを含めてカチカチくんは社長に話します。
社長はふむふむとうなずきながら、カチカチくんの話を聞いてくれました。
「そうか。ぼうずも大変だなぁ」
「さっき鏡を見たとき、自分は消えちゃうのかと思ったらすごく怖くなって……僕は自分しか見てなかったんです。だからあんなに大きな声出しちゃって。イキがって。仲良くなった友人にも嫌われちゃった」
ずっと無視をしていたけど、友人に罵られたのはカチカチくんにとってショックな出来事でした。
自分しか見えなかったから人を傷つけたのだとカチカチくんがしょんぼりしていると、
「それは違うな」
と社長は言いました。
「いいじゃないか。自分のためにやった事なんだろ? わしらはいつも『正義の味方』じゃないんだ。他人の為に自分を犠牲にするなんてばかばかしい。守るのは自分の大事な人達だけで十分なんだよ。みんな、そうやってじぶんに言い聞かせて生きているんだ」
「わしらはいつも心の中に矛盾を抱えてるのさ」と社長は続けます。
「他人と考えてるコトが食い違うのは当然だ。でも、だからって自分の気持ちまでねじ曲げるコトはないんだ。妥協はするけどな」
「そう……なのかな?」
「とにもかくも。坊主がやったことは間違いじゃないってことだ」
バン、と社長はカチカチくんの背中を後押しするように叩きました。
「さあ、ここからは自分で行きな。立派なカタチを作ってこい!」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
カチカチくんがおじぎをすると、社長はにやりと笑みをのぞかせ手を振りました。
相変わらず顔は怖いけど、とても温かくて熱い社長。
社長にもこの森のような、暗い部分を抱えて生きているかもしれない、とカチカチくんは思いました。
けど、社長はそんな様子すら見せません。
もしかしたら、さっきカチカチくんに言ったのは自分に言い聞かせながらの言葉だったのでしょうか。
カチカチくんは思います。
自分は社長に何もできない、せいいっぱい生きて、としか言えないのかもしれない。
でも、社長がその言葉を聞いてたらこう答えるのかもしれません。
「そう、それでいいんだ」と。
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