3 葛藤
自分のカタチを探す旅を初めてからもう、いくつめの朝日と夕日を見たことでしょうか?
北の国へ向かう道のりはとても厳しいものでした。
広い道に出たと思ったら、でこぼこの坂道がすぐにやってきます。
時には食べるものがなく、腹のすかした日を何度も過ごしました。
命の危険を感じ、眠れなかった夜もありました。
カチカチくんの体力も限界に近づいていきます。
へとへとになったカチカチくんがようやくたどり着いた場所は、ネオンの輝く繁華街でした。
きらきらとまぶしく光る店の明かり、夜なのに人通りはとてもにぎやか。
それはまさに夢に出てくるような理想郷でした。
欲しいと思ったものはすぐ手の届く所にあります。
美味しい食べ物に充実した娯楽施設。
安心して眠れるふかふかのベッド。
この街までの道のりが過酷だっただけに、カチカチくんの緊張感はいっきに吹き飛びました。
今までの疲れを忘れるようにカチカチくんはここでの生活を満喫します。
一日、二日、三日。
まだまだ大丈夫、そんなに急がなくても大丈夫。
一週間、十日、一か月。
いやいやもうちょっとだけ。
カチカチくんは腰をあげるのにためらいます。
そうこうしているうちに、この街に来るまでにかかった日数の半分が過ぎてしまいました。
お金も残りわずかになると、カチカチくんに決断が迫られます。
このまま街にとどまって生活するか。
それとも旅を続けるか。
この頃になるとカチカチくんにも仲のよい友人ができていました。
カチカチくんは友人に相談します。
「ねえ、僕はどうしたらいいと思う?」
すると彼は、
「旅をする必要なんてないよ。この街に一緒にいようよ」
と、言いました。
「ここは天国だよ。欲しい物はあるし、楽しいじゃないか。苦労することも、悲しい思いをすることもない。この街から出たら辛い現実をみるだけだ。俺なんかお偉いさんにいびられる毎日だったんだ。やれノルマを果たせだの、会社がうまくいかないのは一人一人の自覚が足らなかっただの。全部俺達のせいにされたらたまったもんじゃないよ! だから俺はあの街から出ていったんだ」
「君もそんなような目に再びあってもいいのか?」と彼は問います。
カチカチくんは返す言葉がありませんでした。
迷いが生じます。
ぐるぐると部屋の中を歩き回り、ふと鏡をみた瞬間――カチカチくんは驚きました。
ビニール袋が旅に出た時よりもひとまわり大きくなっていたのです!
蒸発した体が膨張したのでしょうか。今は薄い膜で命をつないでいる、といったところです。
それは答えを後回しにして逃げていた自分への報いだったのでしょうか?
カチカチくんの頭の上で、赤いリボンが揺れています。
自分の存在を必死に訴えています。
――カチカチくんの心は固まりました。
「うん。それでも僕は北の国にいかなきゃならないんだ」
カチカチくんは再び旅に出る準備を始めました。
「出ていきたかったらそうしろよ! どうせ無理さ。出口には怖い奴らがいるんだからな! 勝手に出させやしないってウワサだぜ」
カチカチくんは自分を罵る友人をよそに、黙々と荷物を積みます。
準備が整うと、さっそうと宿を出ました。
通りにつづく誘いの声をはねのけ、街の出口へと向かいます。
街の出口には怖い顔の人達がいました。
彼らはギロリとカチカチくんをにらむと、細長く尖った形をつきつけます。
「おい、にいちゃん。何の用だ?」
カチカチくんは彼らの声とカタチの鋭さに一瞬ひるみそうになりました。
けど、逃げることなくありったけの声で叫びます。
「この街から出たいんです! そこを通してください!」
「なんだって?」
怖い顔の一人がカチカチくんに鋭い刃先を向けました。
「ここから出るってのはどういうコトか分かってんのか?」
「分かってます! でも、僕は北の国に行かなきゃならないんだ!」
「どうしてもか!」
「どうしても!」
怖い人達に負けじと声を張り上げるカチカチくん、その目にはひとつの曇りはありませんでした。
それを見た彼らは一瞬ひるみます。
すると――
「……通してやりゃあいいじゃないか」
怖い顔を持つ彼らの後ろから人が動きます。
一番大きく鋭い刃を持った男性は静かに言いました。
「社長」
「ぼうずの決心はテコでも動かねえよ。いい目をしてやがる」
社長と呼ばれたその人はにやりと笑うと、門の鍵を解きました。
重い扉が、ぎい、と音を立てて開きます。
「この先は迷いやすい森があるからな。わしが途中まで送ってやろう」
「ありがとうございます」
カチカチくんは深々とお辞儀をすると、社長のあとをついて行きました。
門の先は暗い暗い闇が続きます。
北の国へはまだまだ、遠い道のり。
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