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1章 12月25日 -プレゼント-

「プレゼントですか?」
 店員さんが営業スマイルで声をかけてきた。
 さっきからずっとケースとにらめっこしているから声をかけずにはいられなかったのだろう。
 しかも、そこには男物の時計が並んでいる。
 分かりやすい客だと思ったのだろう。
 問いかけられた瞬間、しまった、とも思ったけど――
 私はもろもろの恥を捨て、はい、と答える。
 十二月二十五日、家電量販店の時計売り場での出来事だ。


「ご予算は、どの位を考えておりますか?」
 本当はバイト代入って、かなり余裕があるのだけど。
 あまり高すぎると恐縮されてしまうから、二万円以内で、と私は答える。
「お相手の方はどういった感じの方ですか?」
 マニュアルどおりの質問に、私は彼の姿を描いた。
 背が高くて、ひょろっとしてるけど運動神経はよくて、顔もJリーグにいた選手に似ている。
 そんな彼は爽やかで、大らかな人だ。
 何よりも笑顔が素敵で、優しくて……
 私は自分が感じたままを店員さんにつらつらと話すけど――
「申し訳ございません……あの、できれば普段の服装を教えて頂きたいのですが……」
「あ」
 思わぬ墓穴に、私はひどく動揺してしまった。
 急激に上がる体温。
 べらべらと喋ってしまったことに対する恥ずかしさが私を襲う。
「いや、その……」 
 しどろもどろになる私に店員さんはにこにこ笑っていた。
 それは嘲笑ではなく、優しさのある微笑み。
 それがまた恥ずかしくて、私は更に肩をすくめてしまう。


「え……と。まだ、大学生なのでジーンズとか動きやすい格好が多い、かな?」
「カジュアルなものが多いんですね?」
「はい。でも彼は来年就職活動なんで――できればスーツにも合うようなものが……いいんですけど」
「そうですね。でしたら」
 こちらなんていかがでしょう?
 そう言って店員さんはガラスケースに飾られた腕時計をショーケースから取りだした。
 シンプルなデザインのクォーツ時計。
 ベージュの背景に黒の文字盤が嫌みなくおさまっている。
 革製のベルトも肌触りがよさそうだ。
「これでしたらカジュアルもフォーマルも対応できますし。撥水加工済みで、耐久性もあります。
 ベルトは革製のものですが、金属タイプのもございますので……
 あと、これと似たデザインでしたら、メーカーは違いますが電波時計のものもあります」
 こちらですね、と店員さんは反対側のケースから別の時計を取りだした。
 ベルベット素材のトレーに乗せる。
 最後に、さっき言ってた金属ベルトの前者を追加で乗せてくれた。


 トレーに乗せられた三つの時計。
 私は口元に手を当て、それらを吟味する。
 革だと雨に濡れた時、シミになったり、匂いが残るかもしれない。
 だったら金属ベルトの方がいい。
 あとは普通のクォーツか電波時計か……
 私は更に目を見開いて、それらを観察した。
 二つともデザインは同じだ。
 でも電波時計は時間を自動的に修正してくれると聞いたことがある。
 そのぶん、値段はさっきのより高いけど、物持ちはよさそうだ。
 私はこの中で一番高い腕時計を手に取った。
 店内の照明にかざす。
 彼が慣れないスーツを着ている姿を想像する。
 目の前にある時計を右手にはめると、それは彼の体の一部になり、しっくりとおさまった。
 彼の微笑みが自分に向けられる。
 ――決めた。


「これ、いただきます」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 店員さんは外された時計をショーケースに戻すと、カウンターの引き出しから専用の箱を取り出した。
 時計の保証書を確認してから、店員はクリスマス用の赤い包装紙を箱の上に敷く。
「リボンの色はどうなさいますか?」
 ボードに書かれた種類の中から、緑色を選んでみる。
 品物ができるまで、私は店員さんの動きを目で追いかけていた。
 慣れた手つきで紙ごと箱を回転させ、品物を綺麗に包み込まれた時計はまるで自分の気持ちを包まれているようだ。
 まだ、渡してもいないのに――どきどきしてしまう。


 彼のために、時計を買った。


 紙袋を渡す時、
「大切なひと、なんですね」
 店員さんから悪戯っぽい笑顔をもらってしまった私。
「ものすごく真剣に選んでたから……もしかして彼氏?」
「……はい」
 私ははにかんでそう答える。


 ――うそつき。
 本当は彼氏でも何でもないくせに。


 彼には高校時代から付き合っている彼女がいる。
 大学のオリエンテーションで最初に声をかけてきたのが彼女だった。
「はじめまして」
 隣の席に座った彼女――矢野芽衣子は明るくて頼りがいがあって、他の人からは「姉さん」なんて呼ばれていた。
 芽衣子に彼を紹介されたのはその二日後のことだ。
 小林東吾さん。
 私よりも二つ上、経済学を学んでいる三年生だという。
 私は素敵なカップルだな、ということ。
 人前でベタベタすることもなくて、でもお互いを信頼していて――まさに私が理想とする恋人だった。


 でも――友達の彼氏を好きになってしまったのだ。


 当時の私は、新しい生活に慣れずにいた。
 田舎で暮らしていた時とは間逆の世界。
 無機質な建物、冷たい人の風。
 同じ環境なのにどんどんあか抜けていく同級生たち。
 私は淋しさと焦りを感じていた。
 今の生活に溶け込めない。
 大学を辞めて、実家に帰ろうか。
 一人暮らしを始めて初めての夏を迎える頃にはそんな思いが心に根付いていた。
 芽衣子に相談しようと考えたのは本当に――最後の最後だった。


 私は芽衣子の携帯に電話をかけた。
 でも、その日彼女は携帯を彼の家に忘れていて、気づいた東吾さんが電話に出たのだ。
 いきなり聞こえた低い声。
 私はびっくりして、すぐ切ろうとしたのだけど――
「何かあった?」
 東吾さんの声があまりにも優しかったから、私は自分の悩みをこぼしてしまった。
 ちっぽけな自分に憤りを感じていること。
 将来に対する不安。
 東吾さんは私の話を最後まで聞いてくれた。
 うなずいている声も耳に届いた。
 でも怒られる。
「そんなことでくじけてどうする!」
 そして――
「綾ちゃんはそのままでいいんだよ。それが魅力なんだから。無理に変わらなくてもいい」
 そんなことを真剣に言われたものだから、涙がこぼれてしまった。
 今の自分を認めてくれる人がいる――それだけで、私は救われた気がした。
「いつでも相談して。俺もメイもいるから……」
 その時彼にときめいてしまったのが、最初。


 男の人と付き合ったことがなかった私は、そのときめきを免疫のなさだと誤解していた。
 でも、会うたびに心臓はうずいてしまう。
 言葉の一つ一つに気持ちがどくどくと溢れてしまう。
 東吾さんへの想いに自覚するのに時間はかからなかった。
 想いと比例するように、彼の隣にいる芽衣子を少しだけ恨む自分がいるのに気づいたから。
 一方的な片思いなのはわかっていた。
 好きになったのは親友の恋人。
 それでも人間は、欲張りだ。
 東吾さんが幸せならそれでいい、最初はそれでよかったのに。
 自分の気持ちだけが膨れてしまう。
 もっと喋っていたい、少しでも長く一緒にいたい。
 その手に一瞬でも触れたい。
 ――振り向いてほしい。
 いつの間にかそんなことを思う自分がいた。
 このままではいつ壊れてしまってもおかしくない。
 いつ壊してしまうか、分からない。
 だったら、その引き金を自分から引いてしまえばいい――


「ではこちら、おつりとレシートになります」
 ……店員さんの声が私を現実に引き戻す。
 はっとした。
 私はトレーに載ったお札と小銭を財布にしまう。
 店員の笑顔を私はまともに見ることができなかった。
 

 ***


 私は駅の改札口で東吾さんを待っていた。
 時刻はもうすぐ夜の七時をさそうとしている。
 前にバイトは七時まで、と聞いていた。
 バイト先からここまでは徒歩で五分。
 のんびり着替えて歩いても、十五分後にはここを通るだろう。
 時々ホームから降りた人達が綾の前を素通りし、改札口を抜けていく。
 女子高生のはしゃぎ声が、耳をつんざく。
 私はその時をじっと待っていた。
 少し胸を強調したニットも、足が少しでも長く見えるよう丈を短くしたスカートとブーツの組み合わせも、彼のために選んだもの。
 それを少しでも見てもらいたくて、私は白いコートのボタンを外したままにしていた。
 その時を想像しながら、東吾さんへの想いをめぐらせる。
 東吾さんは何て言うだろう。
 驚くかな、笑ってくれるかな。
 お互い深刻になるのは嫌だから、 明るく手渡そう。
 店で似合いそうなの見つけたから、とか言って。
 本当は好きなんだよって、笑えばいい。
 最高の笑顔を見せるんだ。
 私は時計の入った箱をコートのポケットに忍ばせていた。
 時々、所在を確認するように手を突っこむ。
 つるつるした包装紙が私に安心感を与えてくれる。
 そして午後七時十五分。


 ――東吾さんが現れた。


 歩きながら、定期券を取る仕草に私の胸が高鳴る。
 緊張が走った。
 私は改札口の機械に切符を放り込むと、東吾さんのもとへ歩き出す。
 気づかれないように一度深呼吸して。
 待っていたことをごまかすために、一度うつむいてから顔を上げた。
 東吾さんの顔が近づく。


 目が――合った。


「綾ちゃん?」
 最初に声をかけてくれたのは東吾さんの方だ。
 両手をダウンジャケットのポケットに突っ込んだまま目を丸くしている。
「うわ、びっくりした。こんなトコで会うなんて」
 東吾さん、本当にびっくりしている。
 予想通りの反応に、私は目を細めた。
「近くに用事があって……来たんだけどね」
「そっかぁ」
 私につられて東吾さんも笑顔をのぞかせる。
 自分だけに向けられた感情がとても嬉しかった。
 でも――
 私の思考はすぐに停止した。
 東吾さんの右腕の中で小さな紙袋がぶらぶら揺れていたからだ。
 彼のワードローブにない、ジュエリーショップのロゴ。
「それ……」
 気づいた私に、
「えっと、これは……」
 東吾さんが急に慌てる。
 その様子にピンときた。


「……クリスマスプレゼント? 芽衣子に?」
 いちばん聞きたくないことだったのに。
 思いより先に、言葉が口走ってしまった。
 私の質問に東吾さんは照れながら、まぁ、ねと答える。
「前に、メイがいいなって言ってたモノなんだ。でもなかなか見つからなくて……店、何件もハシゴしちゃったよ。男一人で恥ずかしいったら」
 本当に恥ずかしそうに彼は言う。
 私を見つけた時よりも幸せそうな顔。
 あの時、店員さんが見たのはこんな自分だったのだろうか――
 愛しい人を思う表情。
 でも、その相手は自分じゃ……ない。
 分かっているけど……
 小さな棘が私の胸をつき刺していく。


「……それにしても綾ちゃん、これからお出かけ?」
「え?」
「何か、いつもと雰囲気違うから」
 東吾さんは私の頭からつま先までをひととおり見た後で、そうかあ、とつぶやいた。
「スカート履いているからだ。いつもパンツ姿しか見てなかったから――」
 そういうのもいいね、と誉めてくれる東吾さん。
 うれしくて、私の口元が自然とほころぶ。
 頬がほんのりと色づいた。
 けど。
「もしかしてデート?」
 その勘違いが私の努力をことごとく裏切った。


 バカ。
 貴方に会うためにおしゃれしだんだよ。
 貴方は偶然会ったと思っていいるだろうけど。
 プレゼント渡すために……ここで待ってたんだよ。
 私の中で憤りが広がる。
 それでも愛おしい気持ちが絡まる。
 ――言ってしまおうか。
 私は東吾さんを見上げた。
 ポケットの中に手を突っ込んで、そのタイミングを計らう――


 その時だった。


 携帯が彼の服を通して流れてくる。
 今年ヒットしたラブソング。
 芽衣子からの着信の時だけ流れるメロディ。
 東吾さんは突っ込んでいた右のポケットから携帯を取り出した。
 右手の親指でボタンを押す。
「はい」
 瞬間。
 私は息をのんだ。
 東吾の薬指にはまっている、新品の指輪に気づいてしまったからだ。
 右手、だったけど。
 でもきっと、芽衣子とお揃いの……ペアリング、なんだろう。
「メイ? 駅着いた? 俺も今バイト終わったから、今から帰る。先にウチ行って準備してて……うん」
 私は自分のポケットの中にあるプレゼントをぎゅっと握りしめた。
 唇を噛みしめる。
 さっき塗り直したグロスが――ひどく甘い。


「そうそう。今、綾ちゃんと会ってさ。驚いた。スカート履いてるんだ。ヤバイくらい可愛いカッコしてるから……え?」
 うんうん、とうなずく東吾さんは少年のように目を輝かせていた。
「いいよ。分かった」
 東吾さんはにこやかに返事をすると、私を手招きした。
「メイが代わってって。話があるみたい」
「え……」
 思いがけない展開にどくん、と心臓が鳴り響く。
 私はかじかむ手で携帯を受け取ると、受話器を耳に傾けた。
「綾ぁ?」 
 芽衣子の明るい声が耳を突き抜ける。
「今夜東吾と鍋パーティするんだけど綾も来ない? 人数多い方が楽しいし。あたしも綾の可愛い姿、見たいなぁ」
 来てよ、と芽衣子は誘う。
 普段は聞かせてくれない、甘い声。
 彼女のくったくのない笑顔が容易に浮かんだ。
 芽衣子は知らない。
 私の本心なんて――知るわけがない。
「ね、よかったらウチに来なよ。ぱーっとやろう」
 にこにこと笑う東吾さんも私の気持ちに気づかない。


 思いがけない誘いに私の心がぐらついた。
 もし、芽衣子の誘いを受けたら。
 東吾さんの家を訪れたらどうなるだろう。
 二人が作る温かい世界に耐えきれなくて。
 本当はあなたのことが好きなの。
 あなたのために選んだものなの。
 すぐにでも東吾さんを捕まえて、叫んでしまうかもしれない。
 そうしたら芽衣子は驚くだろうか。
 怒るだろうか、泣くだろうか。
 芽衣子だけじゃない。
 東吾さんもびっくりしてしまうだろう。
 今ある笑顔も消えてしまうのだろうか――
 分かるのは確実に壊れてしまうこと。
 今まで築かれた三人の関係も思い出も、これからも。
 壊れて、粉々になってしまう。
 全ては覚悟の上のはずだった。
 なのに、こんな時になっていろんなコトが浮かんでしまう。
 二人の酷い顔が見えて、嬉しいはずなのに、自分の顔が歪んで――
 怖くなった。
 手が震える。
 そして――
「ごめん。これからデートなの」


 とっさに叫んでしまったのは、ありもしない嘘。


「私、行かなきゃ……切るね」
 無理矢理電話を切った。
 東吾さんに携帯を押し付ける。
 彼の目をまともに見ることはできなかった。
 逃げるように、走り出す。
「綾ちゃん?」
 私はは目の前の通りを全速力で駆け抜けると、交差点を左に曲がった。
 駅からどんどん離れていく。
 道には人が溢れていた。
 赤と緑のリボンが「街」という品物をくるんでいる。
 メインのクリスマスツリーは人々を静かに見おろしていた。
 金や銀の、色とりどりのイルミネーションは星を散りばめたようで、憎らしいくらい綺麗だった。

 全ては作られた幻想なのに、人を魅了し、心をさらっていく。
 人の波でそれ以上進めなくなって、ようやく立ち止まった。
 恐る恐る振り返ってみたけれど――東吾さんはいない。
 追いかけてこない。
 その事実が負った傷を余計に広げていく。
「何……やってるんだろ……」
 私は途方に暮れた。


 ***

 迷い込んだ繁華街にジングルベルが鳴り響く。
 店先でホールケーキを買ってもらってはしゃぐ少女がいた。
 その隣には彼女を温かく見守る家族がいる。
 クリスマスツリーの側では、光に酔いしれるカップルが、自分たちの世界を築いていた。
 時々、即席のサンタクロースがくるくると回ってチラシを配っている。
 残がいが、雪のように降り積もる。
 この国が狂ったようににぎやかになる日。
 私はさっきから同じ通りを何度も往復している。
 ひとりぼっちの自分が悲しかった。
 がんばって勇気を出したのに。
 プレゼントまで買ったのに。
 結局、渡すことができなかった自分。
 でも……


 本当は分かっていた。
 芽衣子がいたから東吾さんを好きになったことを。
 芽衣子を想う彼に惹かれてしまったことを。
 そう、最初から叶わない恋だったのだ。
 二人がいたことで芽生えた想い。
 ――離れなきゃ。
 私は思った。
 この想いが知られてしまう前に。
 自分の醜さが見えてしまう前に。
 二人の前から姿を消さなくては――
 でないと、私は本当に壊れてしまう気がする。


 私は渡せなかったプレゼントをバックから取り出した。
 包みを見た瞬間、やりきれない思いがよみがえってしまう。
 両手で強く握りしめた。
「こんなものっ」
 私は目の前にあったゴミ箱に叶わない恋ごと放りこもうとするけど――


 どうしようもないことを知っていても。
 理解はしていても。
 心は納得できないまま。
 諦めきれないまま――
「……っ」


 結局、捨てられずにいる自分がここにいた。
 瞳から大粒の涙が流れていく。
 苦しくて、胸が締め付けられて――ちぎれてしまいそうだった。
 こぼれた涙は小さな雨となり、じわりと箱に染みこんだ。
 その場につっ立っていたせいだろうか。
 私はやがて、見知らぬ人の肩にぶつかる。
 通行人は急いでいたのか性格が悪いのか、謝ることなく繁華街に溶けこんでいった。
 人の波に押し出された私はバランスを崩し、店の壁に激突しそうになる。
 衝撃を覚悟したつもりだった。
 でも。
 客引き用に店員が置いたのだろうか――私と同じ背丈ほどのツリーが窮地を救ってくれた。


 針のような細い葉は私の体を刺激する。
 植物特有の匂い。
 鉢に植えられたそれは、本物のモミの木だった。
 私はのろのろと体を起こす。
 被害者のはずなのに、無意識に壁に寄りかかったツリーを立て直してしまう自分。
「何……やってるんだろ」
 ぼやきが、白い息と共に消えていく。
 小さいツリーは、イベントに便乗しました、と言わんばかりの佇まいをしていた。
 【日替定食五百円】や【焼き肉定食八百円】などと書かれたプレートが、オーナメントがわりにぶら下がっている。
 安っぽい電飾が、ちか、ちか、と点滅していた。
 そんな中、根元に埋まったプレゼントの箱たちが私の目につく。


 ――そういえば。
 本当のクリスマスはツリーの下に自分たちが持ち寄ったプレゼントを置くんだっけ。
 みんな、どんな思いでプレゼントを選ぶのだろう。
 相手の喜ぶ顔が見たくて、迷って悩んだりするのだろうか。
 いや。
 プレゼント交換なのだ。
 最終的に誰に当たるか分からないから、案外適当でいいや、なんて感じに落ち着くのではないだろうか。
 それこそ家にあるいらないモノ――とか。
「いらないモノ……か」
 私はツリーをもう一度見据える。
 プレゼントの山に赤い箱をそっと置いた。


 ツリーを片づける時、誰かが気づくかもしれない。
 気づかずに捨てられてしまうかもしれない。
 でも、このまま引きずるように持っているより、気持ちごと強引に捨ててしまうより――ずっといい。
 かわりに、てっぺんにあった一番星をもらうことにした。
 いつか、彼じゃない本当の一番星にいつか出会えるように――
 そう願いをこめてから、大切にコートのポケットにしまう。
 踵を返した。
 指先で涙を払い、ゆっくりと歩きだす。
 この手に掴んだ、ひときわ大きい星を握りしめて――


 私はまだ知らない。
 その願いがいつか現実になることを。
 そして引き合わせたきっかけがこの時のプレゼントがであるということを、私も、これから出会う「彼」も知らない。
 真実を知っているのは、ツリーの下に残された腕時計だけ。

             

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