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目の前の魔法使いが詐欺師にしか見えないのですが如何いたしましょう?

5 詐欺魔法使いの弟子はドラゴンがお好き?(3)

 私が王宮にあがるのはこれで二度目のことだ。一度目は祭りの日で、裏口からカレーを届けただけですぐ帰ってしまった。なので正面から入るのはこれが初めてである。
 王宮の中はどこかのイベントさながらの混雑ぶりだった。
ここで私はこの世で一番異様な風景を目にする。何が異様かって? ヤツの存在そのものだ。
 絨毯の敷かれた道をヤツが歩くたびに人はよけるわ、恭しくお辞儀されるわ。とにかく凄いのだ。ある場所からは黄色い悲鳴が上がり、握手やサインまで求められている。
 何ですか? ここは海外のレッドカーペットか何かですか?
 私から見たらただのジジィで詐欺師しか見えないのだが、どうやらこの世界では英雄さながらの扱いらしい。私には信じられないことだ。
「ワシは二階の席、おまえはあっちじゃ。もし困ったこととか、分からないことがあったらこの本を開け。おまえの知りたいことに全て答えてくれるだろう」
 そう言ってヤツは一冊の本を私に差し出し、自分の席へと歩いて行った。私は肩をなでおろす。とりあえず好奇の目から逃れることができる――と思ったけど、この派手な衣装のおかげで余計注目を浴びました。はい。
 私は一度外したローブを再びまとい、赤い服を隠す。会場の隅っこでしばらく大人しくしていると、どよめきが走った。
 ホールの二階部分に設置された玉座から赤いマントをはおった男性が現れた。ブラウンの髪と瞳を持つその人はクレアさんと同じくらいの年だろうか。とても凛々しい姿だ。
 王冠をかぶっているのを見る限り、どうやらあの人がこの世界を治めている王――らしい。遠くからだけど、私もこの国の王を見るのは初めてのことだった。
 一階に設けられた壇上に議長らしき人が上がる。この国で最大規模の会議が始まった。
 静寂の中で最初に王が現状を語る。
「事前に聞いたものもいるだろうが、この国始まって以来の危機が訪れようとしている。今年が百年に一度の流星年というのは皆も知っていることだろう。
 本来なら隕石が衝突する何か月も前から保護魔法をかけ、その時に備えているわけだが、今回は厄介なことが起きた。先日、ブラックドラゴンが予定よりも早く孵化したとの情報が入ったのだ」
 王の言葉に、周りがざわめく。そんな、もっと後に生まれるんじゃなかったのか、という声があちこちから飛んだ。私はといえば流星年やブラックドラゴンが何なのかを知らない。なので、私は早速ヤツから貰った本を開くことにした。
 私が全てを読み解くと、会議は本題へ入る直前だった。壇上では眼鏡の議長が進行を進めている。
「――ということで、これからのことについて話し合うわけですが――その前に私個人として尋ねたいことがひとつあります。
 皆さんも知ってるかと思いますが、先ほど私はこの会議場にシフ殿の弟子がいらっしゃるという情報を受けました。噂によると、弟子の方は異世界の方だとか。
 シフ殿はこの国でも指折りの魔道士であり、新たな魔術の道を切り開いた――云わば先駆者です。我々の誇りでもあります。ですが、シフ殿はこれまで弟子を持たないと明言されておりました。弟子の存在に皆浮足立っております。できればここで皆に紹介をしてもらえませんか?」
 議長の台詞に待ってましたといわんばかりの表情を見せたのはヤツだ。ここにきて私は初めてヤツの名前がシフというのだと知る。
「おーおー、紹介してかまわないぞ」
 ほれ、と言ってヤツは自分の杖を椅子の手すりにこつんとぶつけた。瞬間、私の体がふわふわっと浮く。超特急で壇上に上げられた。
「おお、貴方がシフ殿の弟子ですか。思ったよりもお若い」
 いきなり壇上に上げられた私は体を強張らせた。本を抱えたままごくりと唾をのみこむ。
「本来なら自己紹介してもらいたいのですが生憎今回は時間がありません。なので、異世界の方にこの案件について意見を聞きたいと思います。よろしいでしょうか?」
「は……ぁ」
「まず――貴方は流星年の意味を知っていらっしゃいますか?」
「ええと、役を終えた隕石がこの惑星に流れ落ちる年――ですよね?」
 私は先ほど目を通した本の内容を思い出す。
 この惑星は地球に似ていて、惑星の周りにはデブリと呼ばれる隕石が周回している。隕石の大きさは国ひとつぶんとされていて、一定の周数をまわると軌道から外れ、それがこの世界にどかんと衝突するのだ。それが百年に一度のこと。この時期は磁場が隕石に干渉するため魔法の力が弱まるとされている。
 なのでこの世界の魔法使いたちは流星年が来ると、この惑星を守るためのシールドを作り始める。魔法に魔法を重ねてできたシールドはかなりの強度があり、隕石からこの国を守ってくれるのだ。
 本を開いた時、私はその様子をホログラムで見ることができた。隕石がシールドにぶつかり色をつけて砕け散る姿はまるで花火のようだった。
 私の回答に議長がふむ、と唸る。間髪入れず次の質問に入った。
「ではブラックドラゴンについては?」
「それは――」
 ブラックドラゴンは名前のまま、黒い竜のことだ。彼らは十七年に一度繁殖期を迎え孵化する。他の動物への警戒心が強く、怒らせたら最後、口から吐く炎で丸焼きの刑が待っている。
 また、彼らは渡り鳥のような性質を持っていて、年中温かい土地を求めて移動を続けているらしい。一番の特徴はブラックドラゴンの翼が如何なる魔法をも中和してしまうことだ。彼らと鉢合わせた時は機嫌を損ねないよう、細心の注意が必要となる。  この世界の歴史を紐解くと、予定では流星年の一年後に繁殖期を迎えるはずだったらしい。流星年とドラゴンの繁殖期が重なるとなると、魔法使いたちが慌てるのも無理はない。飛行中のブラックドラゴンにせっかく作ったシールドを壊されてしまうからだ。
 私がそこまで言うと、議長がすばらしい、と声を上げる。それは賞賛とも皮肉とも呼べる口調だった。でも私は自分が恥をかかなかったことにホッとしていて、そこまで気を回す余裕はなかった。
「こちらの世界を良く勉強していらっしゃる」
 今述べたことはまんま、この本に書いてあったことですから。とはいえ、堂々とカンニングですと言う勇気など私にはない。
 議長の質問は更に続いた。
「では、今回の危機はどう切り抜ければよいと考えますか?」
「ええと……この場合ブラックドラゴンを捕獲し流星が全て落ちるまで保護する、あるいはドラゴンの飛行高度がシールドにぶつからないよう私達が誘導する必要があるかと――思います」
「具体的には?」
「シールド班とドラゴン班の二つに分けます。前者は今まで通りシールドを補強する作業を手伝い、後者は更に地域ごとに振り分け、ドラゴンの捜索と保護誘導を行います。また、平民たちの避難を誘導する者も何人かいた方がより良いのではないかと思います」
 これに関して私は本の力を借りなかった。すらすらと述べたせいか、周りから感嘆の声が上がる。
 そりゃそうでしょう。私は人材派遣会社で働いていて、人を適材適所へ送り込むのが主な仕事。こういった振り分けは私の本職だ。
 ちょっとだけ私が得意げでいると、しばらく口を閉ざしていた議長がこんなことを言い出した。
「いんやぁ、素晴らしい。さすがシフ殿が見こんだだけのことはある」
「いや、そんなこと」
「ではそれを実際にやって見せていただけませんか?」
「は?」
「そちらの世界でいう、デモンストレーション、というやつです。我々は貴方の魔力がどの程度なのか知りたい。いや知る権利がある」
 そう言って議長は小さな声で何かを呟いた。次の瞬間振動が舞台を走り、私の前に大きな影が差す。振り返ると、私の倍以上の大きさの獣が口を大きく開けていた。鋭い目と爪に、爬虫類のようないでたちはいかにも「ドラゴン」さまさまだ。
「こちらはブラックドラゴンとは異なりますが、性質はそれに近く私以外の者に懐くことはありません。このドラゴンを貴方の力で服従させてください」
 ええーっ、そんなの聞いてないんですけど。
「どうしました? ドラゴンを服従させるのに自信がありませんか?」
 私のうろたえぶりをみて、議長は嬉しそうに笑っている。
 うわ、この人タチ悪い。もしかして、私が失敗するのを期待してるんじゃないか? もう嫌だ、どうにかしてよー。
 私はヤツのいる二階席を見るけど、ヤツは王の隣りでのんびり茶などすすってる。周りに知ってる人はもちろんいない。ヤツは当然頼りにならない。
 私は胸に抱えた本をぎゅっと握りしめた。そう、困った時は本を開くしかない。私は藁にすがる思いで次のページをめくるけど――
「……は?」
 流れてきた文字に私は目が点になる。だって、そこには【やれ】としか書いてないんだもの。そして添えられたホログラムにはアッカンベーをしているヤツの顔があった。
【これも修行のひとつ。服従の呪文は「――」じゃ。気張ってくれぇな】
 うーわー、これって一番最悪な「投げっぱ」じゃないか。
 私は慌てた。ぐるりと回りを見渡すが、誰もが私に嫉妬の眼差しで助け船を出そうって人は誰もいない。これって完全な四面楚歌ってやつ? もしかしなくても私ってば、この世界の魔法使いたちの嫌われ者なわけ?
 その間にもドラゴンは私にじりじりと近づき、青い炎を吐き散らす。舞台の端に追い込まれた私はここで覚悟を決めるしかない。
 ええい、ままよ!
 私は肩幅に足を広げるとひとつ深呼吸した。本を持つ手を左に持ち変え、反対の手でローブに隠しておいた杖を抜く。ぎゅっと握りしめると目の前にいる青いドラゴンを睨みつけた。
 どうか上手くいきますように、と願をかけ本に書かれた呪文を唱えた。
 杖の先端に青白い光の玉が宿る。青白い光はバチバチと音を立てるとドラゴンに向かって一直線に走り出した。
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