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 話してみると、興水は俺と同じ大学の四年生らしい。
 お互いの身の上が明かされると話題は自然と就活へと変わっていった。
「樋本さんは内定もらえたの?」
「それがなかなか。大学で機械工学専攻してるんですけど、技術系の求人はどこも厳しいみたいで」
「そっか……それは辛いよなぁ。でも技術系ばかり探してるわけじゃないんだよね」
「まぁ。職種にこだわりないんですけどねぇ。筆記受かっても面接で落とされること多くて――」
「そりゃあ災難だ。でも、そろそろ決めないといろいろヤバイよね」
 何だ今の言い方?
 ちょっとした皮肉に聞こえるんですけど?
 俺はあえてそれに気づかないふりをして、興水さんは? と話題を切り返す。
「就職決まったんですか?」
「この間、業務用の食品扱ってるメーカーに拾ってもらったよ。職種も希望とは違うけど何年かしたら異動できるみたいだし、それって長いスパンで考えたら悪くないかな、って。今は内定貰えただけでもありがたいって思ってる」
「そうですか。それはよかったですね」
「まぁ、樋本さんも面接まで行きつくならあと一歩って所じゃないのかな? こういっちゃ何だけど、企業側にも人を切る理由があるっていうか――自分が落とされる理由を分析していけば道が切り開かれるんじゃないかな。言動とか、アピールの仕方とか。ほら、自分を製品に例えて面接に臨めって言うじゃない。講義で聞かなかった?」
 そんなの、耳にタコができるくらい聞かされているよ。
 俺は心の中でこっそり呟く。
「まぁ、中には自分の欠点に気づかないまま面接だけガンガン受けちゃう奴もいるけど。それって学習能力ないっていうか無駄に動いてるだけって感じで困りものだけどねぇ」
 一番痛い所を突かれた気がして、俺はますます閉口してしまった。
「本当今の社会情勢とか景気とか考えると先行きが不安になっても仕方ないかも。今の就活がこんなんじゃ、これから就職する人も気がめいっちゃうよ――ねぇ。芳田さん」
「あ、えっと……」
 突然話題を振られ、綾さんは言葉を詰まらせる。
「芳田さんだって来年は就活入るわけだし、俺らの話聞いてたら不安になっちゃうかなぁ?」
「いや、そんなことは――先輩たちの話は参考になります」
 そう言って綾さんは静かに笑みをのぞかせるけど。
 口元が一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。
 綾さんにとっては興水のアドバイスの全てが参考になっているわけではないらしい。
 それどころか親しみをもって話しかけてくる奴と一線を引きたがっている感じだ。
 まぁ……俺には関係ないことだけど。


 俺がこっそり空気を読んでいる間も、興水の語りは途切れることはなかった。
「ま、就活っていっても人それぞれのやり方があるからどれが間違いとか言いきれないよね。昔は新卒にこだわって留年する奴とかいたけどそのへんは? それとも専門学校とか院に進むとか考えてるの?」
「大学入る前に一浪してるし留年も進学もちょっと……」
「そうだよなぁ。俺ら学生ったって『いい大人』なわけだし。いつまでも親のカネあてにしてもなぁ。これが続いたら行く末はいいとこ非正規かフリーター、最悪ニートかヒッキーってオチだし。ま、それは勘弁だよなぁ」
 早くいいとこ見つかるといいな、なんてにこやかな顔で興水は言うけれど。
 さっきから失礼な事を吐いてることに奴は気づいているのだろうか?
 今のは俺に対するアドバイスというより、皮肉と言った方が正解だろ。
 それともわざと言ってるのか?
 俺は顔が引きつりそうになるのを必死で抑えながら、そうですねぇ、と生返事だけしておく。
 間に挟まれた綾さんはといえば俺のように相づちを打つこともできず、顔を強張らせるばかりだ。
 おかげでバスの空気は最悪なほど淀み始めている。
 すると、
「お腹すいたー」
 ふいに大地が声を上げた。
「何だよ急に」
「朝あんまり食べてなくてさ、腹へってどうしようもないんだよー。タケル、パンかお菓子ない?」
「もう少し我慢しろ。パーキングに着いたら何か買ってやるから」
「えーっ、我慢できない。お腹すいたー」
 二日酔いの頭に甲高い声がガンガン響く。
「腹へった腹へったー、タケル何か食わせろよぉ」
 いつものこととはいえ、大地のわがままは筋金入りだ。
 本当は飴玉とチョコがあったけど、これはあくまで非常用に準備したもの。今消化してしまったら持ってきた意味がない。
 だから俺はあえて無視を貫き通すのだが――


「俺がお菓子もらってこようか?」
 綾さんが何か言いかけようとする前に興水が口を挟んできた。
「あっちのお姉さんたちに何かないか聞いてくるから」
「え、いいの?」
「ちょっと待ってて」
「ありがと。お兄さん優しいねぇ。タケルとは大違いだ」
 そう言って大地は満面の笑みを見せた。
 子どもに褒められて機嫌を良くしたらしい。興水は鼻歌を歌いながら席を離れていくけど――
「うぜぇ」
 横切った一言に俺はぎょっとする。
 大地の毒吐きに俺はもちろん、綾さんも目を丸くしていた。
「あの人、絶対タケルのことバカにしてただろ? すげえ気分悪い」
「何だよ。お腹すいたーってのはハッタリか?」
「タケルこそなんで反論しないんだよ」
 俺の横で不満そうに大地が口をとがらせる。
「あそこまで言われて黙ったままかよ」
「ここでケンカしても仕方ないだろ」
 初対面の人間――しかもこのイベントの主催者にたてついて険悪になるのは避けておきたい。
 ただでさえ気分は最悪だというのに、ここで無駄な労力は使いたくない。
「まぁ、タケルの気持ちも分からなくもないけどさ。大人のジジョーとか立場ってのがあるんだろ」
 だからおれが上手にあしらってやったんだ、と得意げな顔で大地は言う。
「あーいうのは誰かと比べてほめるのが一番なんだって。じいじが言ってた」
「親父が?」
 あの偏屈、子どもに何を教えているんだよ。
 俺はほとほと呆れつつ、それでもこの場の空気が変わったことに感謝していた。


「まぁいいや。大地のおかげで助かった」
「だったらお小遣いちょーだい」
「はあっ?」
「おれはお菓子よりもお金の方が欲しいの。毎月の小遣い少ないんだからさーあ、ゲームソフトで手を打ってやってもいいぜ」
 こいつ、ちゃっかりしてるのな。
 俺が苦笑していると、大地はところで、と話題を変えてくる。
「お姉さんはタケルとどんな関係なの? 男と女の関係?」
「こら!」
「べつにいーじゃん。俺、お姉さんと初めて会うんだよ」
 大地に言われ、俺は改めて自分たちの関係について考えてみる。
 彼女は芽衣子の友達で、芽衣子は東吾の彼女。東吾と俺は知り合い――より友達とでも言った方がいいのか?
 それを一言で表せというのなら、
「友達の彼女の友達」
 うん、それが正解だろう。


「なーんだ。つまんねー」
 俺の答えに対して、大地は何だか不服そうだ。
「何だよ『つまんねー』って」
「おれ、てっきりタケルがお姉さんに気があると思ったのになぁ」
「はあぁ?」
「だって、タケルが彼女と一緒にいるとこなんて見たことないもーん。つうか、浮いた話のひとつも出てこないし、ホモのほの字もでてこないし。タケルこのままずっと独身でいるのかって心配してたんだぜ。さっきだってあの男にシューカツで負けてたし、そのせいでお姉さんにも相手にされないからすねてるのかと思ったのに。そしたらオレももうちょっと同情してやったんだけどなー」
 大地の言葉は子どもゆえの無邪気さだ。
 年は俺の半分以下のはずなのに、少年の想像力はとてもたくましい。
 ――が。
 そんなもの言いは十年早い!
「生意気言うのはこの口か? ああ、この口か?」
 俺はここぞとばかりに大地の頬をつまんでみる。
 柔軟性に富んだ少年の皮の面は思いのほか横に伸びてくれた。
「おー、よく伸びるなぁこの口。どこまで伸びるんだぁ?」
「いひゃいいひゃいっ、くひがきれふーっ」
「綾さんごめんね。こいつ、口だけ成長しすぎちゃったみたいで。こーんなませガキのいうことは気にしなくていいからさ」
 俺は大地をいじりながら綾さんの方を向く。
 綾さんは一瞬だけきょとんとしていたけど、そのうち彼女の口から自然と笑みがこぼれ始めた。
 とても優しい表情。
 ほんわかとした笑顔を見ていたらこっちの気持ちも少しだけ晴れた気がする――
 カードゲームをしていた親子が声をかけてきたのはそんな時だった。


「よかったらお菓子をどうぞ」
 五十はすぎたであろう男性が大地にチョコレートを差し出す。
「なんだかお腹がすいていたみたいだから」
 リクライニングシートの上から声をかけたのは大地と同じ年頃の女の子だ。
 どうやらさっきの会話を聞かれていたらしい。
 付け加えられた理由にちょっとだけ恥ずかしそうな顔をする大地、それでもチョコレートは遠慮なく貰っているから可笑しいものだ。
 俺は苦笑しつつ、父親にお礼を言おうとするけど――
「さっきから気になっていたんですが、もしかして樋本雄二郎さんの息子さんでは?」
「え?」
 親父の名前を出され、俺はすっとんきょうな声を上げる。
「確かに樋本雄二郎は父ですが……ええと?」
「覚えてるかなぁ。一度君とも一緒に富士山登ったんだけど――」
 そう言って男性は薄い髪を隠すようにキャップをかぶる。
 ぱっと見た感じでは普通の中年登山家にしか見えない。
 けど頬にのっかったほくろが過去の記憶を呼び起こしてくれた。
 そういえば――
 初めて登った富士山はこの人も一緒にいた。
 そう、この人はパーティのリーダーで名前は確か――


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