8 これが愛なのか
「晃さま。こちらが招待者リストと当日の日程、食事メニューでございます。一度目を通して下さい」
「分かった。そこに置いてくれ」
執事が下がった所で、俺はソファーから起き上がる。机に置かれたレジュメを確認するがそのぶ厚さにうんざりする。
招待客、といってもそのほとんどは両親の関係者だろう。俺に直接関わるのは家庭教師と習い事の先生くらいだ。それも事務的な付き合いでしかない。お飾りの主役とは良く言ったもので、こうなるとパーティをする意味があるのかと考えてしまう。
俺はレジュメの大半を占めるリストをすっとばし、次の項目に移る。そこには当日の食事メニューが書かれていた。自宅のホールを使っての立食パーティだが、最高の料理でもてなす予定らしい。
世界三大珍味を使った前菜にフカヒレのスープ、A5ランクの肉を使ったステーキやローストビーフなどなど。俺にとっては飽き飽きするレパートリーだが、あいつに見せたらなんて贅沢な、なんて言われるのだろうか。
俺はその場面を想像し思わず苦笑する。ひととおり見た後レジュメを机の上に戻した。数歩足を進め窓からの景色を臨む。
今夜は星が一つも見えなかった。空に浮かぶ下弦の月もぼんやりとしていて、どこか頼りない。
それは今の自分を見ているようで、俺はほんの少しだけ肩をすくめた。
「なんて贅沢なの」
翌日の放課後、学校で例の紙を渡すとヒガシは俺の期待どおりの反応を見せてくれた。
「なんなのよこの豪華な顔触れは! 高級食材のオンパレードはっ! ありえない。このパーティにいくら金使ってるわけ?」
「どうだ? おまえも俺の誕生を祝いに来るか?」
「行くわけないでしょ。そんなトコ」
そう言ってヒガシはぶ厚いレジュメを俺の顔に突きつけた。ヤツの一刀両断ぶりはいつものことだが、繊細な俺としては傷つくものがある。
俺はいつも心の友と呼んで慕っているが、こいつときたらつれない態度をとるばかり。だが俺は知っていた。俺に罵詈雑言を言ったあとで、ちらりと俺の反応を見ていることを。まぁ、そこがまた面白い所なのだが。
ヒガシといるのは飽きない。こいつには打算と言うものが全くないからだ。
こいつは自分の欲しいものは自分で手に入れると言う。そのためにはどんな苦労もいとわない。俺はそれが不思議でたまらなかった。利用できるものは何でも利用すればいいのに。なぜそこまで無駄なことをしなきゃならないのだろう。
地位や名誉が欲しいなら偉いヤツに媚を売ればいい。金が欲しいなら金持ちに取りいって頼めばいい。俺の周りにいる奴らは皆そうだ。なのにヒガシはそれをしない。
この間もそうだ。店頭に飾ってあった時計をあんなにも欲しそうに眺めていたのに、すぐ買うこともしなかった。仕方なく俺が先回りして用意してやるとふざけるなと怒られ、時計も拒まれた。
親友の行動に最初は意味不明だったが、この間久しぶりに会話してその理由が分かった。ヒガシは親友の俺に借りを作りたくなかったのだ。
ヒガシという人間は何に対しても律儀すぎるというか、変に人に気を回す。先程パーティに行かないと言ったのもそういった気持ちが働いたからだろう。水臭いと思うが、こいつのそんな所も俺は嫌いじゃない。さすが俺の親友といえよう。
さてどうしたものか。
ヒガシは来ない。このぶんだと彼女――南亜理紗を誘ってもいい返事を貰えないだろう。自分が本当に呼びたい人間が来れないのは残念だが、このプログラムでは仕方ないのかもしれない。
まぁいい、と俺は呟く。
「確かに。こんなのに参加した所で面白くも何もないからな」
「そうなの?」
「本当のことだ。つまらないものはつまらない。俺の誕生日を本当に祝ってくれる人間なんてこの中にはいない――とはいえ、親の面子というものもあるから、パーティそのものを破棄することはできないだろう。せいぜい日程をずらす位か」
「誕生日って自分が気にいった人だけ呼べばいいと思ってたけど、金持ちは色々厄介なのね」
「お前も親友の苦労が分かったか」
「分かろうと思って言ったわけじゃないんだけど」
ちょうどその時、ヒガシが呼ばれた。扉の前にいた水野が手招きしている。
「早くしないと、先生の奥さん帰っちゃうよ」
「わかった」
会話の内容が読めない俺は首を横にかしげる。一体何の話だ? と聞くとヒガシは、今日担任が奥さんを連れてきたんだよ、と言った。どうやらこの間生まれた赤ちゃんを連れてきているらしい。これからクラスの女子とそれを見に行くのだそうだ。
じゃあね、と言い、ヒガシが踵を返した。一歩二歩と進んだ後、途中であ、と言葉をもらし、振り向く。だったらそっちとは別にパーティ開けばいいんじゃない? と言葉を漏らす。
「内輪だけっての? ニシが本当に祝ってもらいたい人だけ呼んで小規模に――あ、別に私は行かないからね。私以外の人を呼びなさいよ」
そう言ってヒガシは教室を逃げるように去って行った。最後に慌てた理由は良く分からないが、ヤツの提案はなかなかのものだった。
俺はそれを実行に移すべく行動に出る。まずは場所だ。こじんまりと開くなら個人が経営する三ツ星レストランがいいし、セカンドハウスを使うのもいい。後者の場合はケータリングを頼む必要がある。
あとは呼びたい人間――か。
俺は口元に手をあてふむ、と唸る。ヒガシが行かないとなれば他に呼ぶのは一人だけだ。俺の脳裏に彼女の顔が浮かぶ。今もなお、紗耶香と重なるがその点においてはほぼ諦めた。それは俺の中の葛藤であり率直な感想だからだ。
これが愛なのか、今の俺にはわからない。
でもこのままでは彼女だけではなく、自分の為にも良くない。だから一度きちんと向き合おうと思う。それから自分の気持ちを問いただしても遅くはない。心の整理をつけるのにこのイベントはいい機会でもあった。
俺は携帯を手にするとある人物へ電話をかけた。もろもろの準備を整えるためだ。呼び出しはワンコールで切れた。
「俺だ。実は北山に頼みたいことがある。周りには秘密で動いてほしいんだが――引き受けてくれるか?」