11 しいて言うなら――「通りすがりの疫病神?」
危機一髪のカーアクションを見たあとで私は考えた。命を狙われてると知ったなら尚更、いくらなんでもこの後は警戒して家に帰るだろう、と。
ところがどっこい、そうは問屋が卸さなかった。
「余計な邪魔が入ったが、食事にいくとするか」
そう言ってニシはご機嫌顔で車の中へと入っていったではないか。これが格の違いと言うべきか、さすが神の一族と言われるだけのことがある。さっきニシは私のことを肝が据わっていると言っていたけど、その言葉そっくり返してやりたいわ。
今度こそ車は目的地に向かって順調に走っていく。居眠りしたせいで現在地も帰り道も分からない私は言われるがままついていくしかない。
てっきり高級レストランに連れて行かれるのかと思ったのに、実際に連れてこられたのは河川敷の近くにある小さな店だった。外に掲げられた「お好み焼き・もんじゃ」の看板が目を引く。それを見た瞬間私の体が強張った。
「何で――ここに?」
「おまえの親友とやらが教えてくれた。おまえはずっとここに行きたかったらしいな。だから急遽変更した」
げっ、久実ったら何てことを。
「俺もここは初めてだな。名前だけは知っているが『お好み焼き』とはどんな味がするんだ? 一度食べてみようじゃないか」
私は慌てて首を横に振った。
「いいっ。また今度にするから」
「今更何を言う。ここに来たかったんだろう?」
「だから私はいいって。お腹すいてないし」
その時タイミング良く私のお腹が鳴った。それを聞いたニシがにやりと笑う。
「やっぱり腹がへっているじゃないか」
ニシは私の腕を掴むと店の扉を開いた。引きずられるようにして中へ連れて行かれる。
そこはカウンターと鉄板のついたテーブル席が二つという、こじんまりしたつくりの店だ。
客の談笑とともにいらっしゃい、という懐かしい声が耳に届く。ソースの香ばしい匂いが鼻をかすめた。胃袋が懐かしい味を恋しがる。
この店の主人は笑顔で迎えてくれた。
かっぽう着と三角巾姿の中年女性は私の顔を見てあら、というような顔をする。
「もしかして――ナノカちゃん?」
ちょっとハスキーな声は今も変わらない。
私は心臓がひっくり返りそうな思いを必死に抑えた。動悸とともに後ろめたさが走る。
でも私のことを覚えててくれたことが嬉しくて――
私はニシの手をふりほどくと、ぺこりと頭を下げた。
「おひさし、ぶりです。おかみさん」
「やっぱりナノカちゃんだ。ずいぶん綺麗になって――あれまぁ」
さあさどうぞ、そう言っておかみさんは私たちを4人掛けのテーブル席に案内した。
メニューを出しながらおかみさんはぽつりと言葉を漏らす。
「ナノちゃんがここに来てくれるなんてうれしいねぇ。あのあとチームやめたって聞いてたから心配してたんだよ」
おかみさんの言葉に私の心臓がうずく。細い声ですみません、と謝った。
「一度挨拶に伺おうとしたんですけど……その、色々忙しくて」
「いいんだよ。便りがないのは元気な証拠だっていうじゃないか。でもたまにここに来てくれると嬉しいね」
「そうですね」
私は愛想笑いを浮かべる。色々忙しいなんてつい言ってしまったけど、本当は全然忙しくなんてなかった。
この店は家からそう遠くないし、行こうと思えばすぐに行ける。でも私はここに来るのをあえて避けていた。あの頃の知り合いに会うのが怖かったのだ。
おかみさんはそんな私の気持ちを知る由もなく。店内を珍しそうに見る連れをちらりと見て一緒にいるお兄さんは? と私に耳打ちした。
「もしかして彼氏かい?」
「えー、と」
こいつは彼氏や友人じゃないし、知り合いとも言い難い。しいて言うなら――
「通りすがりの疫病神?」
私の答えにおかみさんが目を丸くする。そのあとであっはっは、と豪快に笑った。
「相変わらず面白いことを言うねぇ。食べたいものは決まった?」
私は店の壁を眺めた。紙に書かれた手書きのメニューをひととおり見た後で、私はちらりとニシの顔を見た。
「適当に頼んでいいんだよね?」
「ああ」
「じゃ、ミックスと焼きそば二人前と、ホットケーキにチョコとバナナをトッピングで。あとコーラをふたつ」