ヒーロー見参

 

 本当俺、何やってるんだろう。
 海まで全力疾走、って昔のテレビドラマかよ。
 汗流して海に向かって「青春バカヤロー」って叫ぶのか? 
 こんなの予定に入ってないぞ。
 そう。今日は、講義が終わったらいつもの書店で新刊の漫画買うつもりだった。バーガーセット持ち帰って、家でネトゲに明け暮れて。
 新しくできたダンジョンに入ってあのアイテムをゲットするはずだった。
 なのに今の状況ってばどうよ。
 髪は爆発し顔はすすだらけ、服もボロボロであちこちから血がにじんでいる。 
 どうしたと聞かれるものなら、どこから説明すればいいのか。喫茶店にいって、小学校にいって、山登って、団地に入ったらこうなったとバカ正直に言えばいいのか?
 端折って言えば、何もかもが想定外の出来事としか言いようがない。
 いいや。とりあえず犯人捕まえてボコる。でもってあのデブもボコるってことで。ファイナルアンサー?

 
 ――時は三時間前にさかのぼる。
 携帯をいじっていた俺は人とぶつかった。
 これが絶世の美女とかならよかったんだけど、残念なことに相手は横綱ばりの体型をした男。
 俺は勢いよく吹き飛ばされ地面と濃厚なキスを交わした。すぐに起き上がったが、男は俺を見るなり一目散に逃げていった。
 うわ感じ悪い。謝罪もなしかよ。
 俺は舌打ちして、地面に転がった携帯を手にしようとする。そして――とある変化に気づいた。
 あのデブ、自分と俺の携帯、間違えて持って行きやがった。
「マジかよ……」
 ロックしてるが、あの中には俺の個人情報が詰まっている。
 携帯電話は俺の命。アレがなかったらマジ死ぬんですけど。
 ふってわいた災難に俺はへこむ。でもすぐに転機はやってきた。
 流れる着信音。おお、あのデブの知り合いか何かか? それとも本人か?
 やってきた手がかりに俺はニヒルな笑みを浮かべ、発信ボタンを押す。開口一番はどんなものか、男か女か? そんなことを思っていたら、
「もっしも〜」
 機械を通した声が俺の耳に届いた。何じゃ? 間の抜けた声だな。
「誰あんた」 
「あれ? 先ほどとは違う声デスねぇ。貴方誰デス〜」
「おまえこそ誰よ?」
「おやおや、そんな高慢な態度でいていいんデスかぁ? 人質の命がナくなっても知りませんよ」
「人質? なんだそりゃ?」
 俺は首を横にかしげた。
 何、この電波野郎。あのデブとはまた違うのか?
「俺、この携帯拾っただけなんだけど」
「へぇ」
 俺の返事に電波野郎は感嘆の声を上げた。
「コレは面白いコトになりまシたね。そうデスか。あの男はゲームを放棄しマしたか〜」
「は?」
 ゲームって何?
「そうしたら貴方、携帯のディスプレイ、見て下さいナ〜」
 俺は眉をひそめつつ、電波野郎のいうとおり受話器を遠ざけた。つまりはテレビ電話になってたらしい。
 液晶には手足を縛られ、目隠しをされている女の姿があった。
 何、この趣味悪いの。
「貴方にブつかった男はデスねぇ〜私とゲームしてたんデスよ〜恋人を助けるノに正義をふりまわしてたってわけデスね〜」
 ええと……
 つまり女は人質ってことか? 誘拐事件なのか?
「今の状況、理解できまシた?」
「理解って言われても……なぁ」
 俺は素直な感想を口にした。
 だってそうだろう? 誘拐事件とかそんじょそこらに転がっているものじゃない。
 つうか話している相手自体がヤバイ気がするんですけど。
「すげえうさんくさい」
「そうデスよね〜すグには信じてもらえまセんよね〜まずは証拠を見せないとデスよね〜」
 電波野郎は弾む声で言った。そのはしゃいだ声がさらにうさんくさすぎるんだけど。
「貴方、今は駅前にいるんデスよねェ」
「ああ」
「では。あと十秒で爆発事故を起こシますね〜」
 意味わかんねえ。そんなのハッタリだろ。
 だが電波野郎の言ったことは現実だった。十秒きっかりで爆発が起こる。吹っ飛んだのはゴミ箱。中をあさっていたホームレスの首が飛ばされ、血が流れる。周りにいた女がきゃあ、と悲鳴をあげていた。
「今のは挨拶程度デス〜」
「マジかよ……」
 俺の背中に冷たいものが走った。鈍器で殴られたような感覚。ぐらりと体が傾く。
「ということで、事情は理解できましたね〜じゃあ、ゲームを再開しましょう〜」
「は?」
「次の爆弾は三丁目にアる喫茶店の観葉植物の中デスよ〜。制限時間は五分。走らなイとまた血が流れますよぉ。モシ時間を超えたり警察なんカに言ったら――」
 バン、という機械声が耳をつんざく。
 反動で俺は走り出していた。 
 なに、この爆弾ゲームもどき。というか誘拐事件? つうかこれ、あのデブが受けるべき仕打ちだったはずだよな。
 なのに実際に災難を被ったのは通りすがりの俺って……おい!
 冗談じゃねえ、と叫びたいのだが、すでにゲームは始まっている。たぶんこれを拒否したらあの電波は、爆弾を起動するってことだよな。あいつ、のほほーんとした声であっさり人殺してる。
「うわあああっ」
 やばいやばいやばい。この状況絶対ヤバイって。
 俺は全速力で三丁目の喫茶店に向かう。
 というか喫茶店ってどれ? どこの店を指しているんだよっ。
 適当な店をあてて、俺は目を左右に泳がせる。周りから見たら明らかに怪しい人。
 うわ。ただでさえキョドってるって言われるのに。この時点で相当ライフ削られてるんですけど……
 


 こうして俺は訳の分からない爆弾ゲームに巻きこまれ、紆余曲折を経て「青春バカヤロー」に至る。
 結局俺の前にヒーローは現れなかった。そして犯人はわざと起動時間を早めたり遅らせたりしてこの状況を楽しんでいる。
 ふざけんな。こっちは水すら飲めない状況なんだぞ。そんなことして何が面白い?
 やっぱ電波殺す。でもってデブも殺す。もういいよな。確定。
 俺が深いため息をつくと、風向きが変わった。
 携帯のナビ通りに走ってたどり着いた裏道。目的地に近づいたのか潮の香りがする。向かい風になっても俺の足は右左と動いている。
 今まで可も不可もない学生時代を送ってきた。今は親のすねをかじる大学生。講義は退屈で超だるい。だから講義のない日はネトゲに明け暮れていた。
 就職難を悲観して、期待するの諦めて、将来はフリーターかニートしか考えられなかった。
 そりゃあこんな毎日はヤバイと思ったさ。どこかで変わらなきゃと思ったりもした。
 でも最初から無理だったんだ。俺は正義の味方になんかなれやしない。
 ゲーム中何度「マジ勘弁」と叫んだことだろう。
 誰でもいいからこの携帯受け取ってくれ。このゲーム継いで、人質救ってくれ、と何度泣き言を連ねていたことか。
 なのに結局は携帯の電源を切ることも周りにいる誰かに託すこともできなかった。
 そう言えば俺、昔から言われてたな。おまえは向上心に欠けるけど、やる時はやるんだよな、って。
 もしかしたら今がその時なのか?
 やがて建物の隙間に青色が広がる。タイミング良く着信音が響いた。
 犯人が最後の爆破のポイントを知らせる。港にある倉庫、そこに人質が爆弾を抱えているらしい。制限時間はあと十分。
 間に合うか?
 流れる汗が首筋を伝わる。
 バカだな、ここまで頑張っちゃって。
 何をやってるんだろう。それこそ「青春バカヤロー」だ。
 俺何がしたい? 正義を振りかざして人質救って、おまえこそヒーロー希望か?
 それこそドラマや漫画にある茶番劇のように奇跡というやつを期待してるとか?
「あはははははっ」
 ふいに笑いがこみ上げた。ひゅう、ひゅう、と喉が鳴り、呼吸がままならない。
 こんなときになっても笑える自分はやっぱりバカかもしれない。
 ふと「走れメロス」の話を思い出した。自分の身代りになった親友を助けるべく走り続けるメロスの話。
 あの話を読んだ時、大げさな言い回しとうさんくさい正義に辟易していた。今もあいつらの気持ちは分からない。でも朦朧というものがどんなものは理解できた。
 こんな経験二度とないだろう。
 空想の向こう側で犯人が笑っている。電波な声を高らかに響かせて。
 嗚呼、わかってるさ。こうなったらとことん正義ってやつにつきあってやるよ。
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