top


 1 帰省

 今回の帰省は、幼なじみの優ちゃんが言い出したものだった。
「里沙お願い、一緒についてきて」
 優ちゃんは長いこと実家に帰っていない。親と仲が悪いわけではない。おそらく、上京後に始めたお水の仕事について後ろめたさを感じているのだろう。だが一人で帰るのも気まずいのか、私に懇願してきたのだ。
 新幹線ホームで待っていると、優ちゃんは颯爽とやってきた。パステル色のスーツにピンヒール。スカートからのぞかせる足が悩ましい。仕事からまっすぐこっちに向かってきたのか、荷物持ちのお供を抱えていた。いい感じに脂の乗ったおじさんだ。優ちゃんは私に手を振ると、男性から荷物を受け取る。おじさんは、がしっと優ちゃんの手を握った。隣にいた私など、挨拶どころか目にも入っていないようだ。
「着いたら必ずメール入れてね」
 優ちゃんは笑顔を絶やさない。ドアが閉まる瞬間もおじさんは名残惜しそうだった。動き出す新幹線に大きく手を振っている。優ちゃんも手を振るかと思ったら、追い払う仕草をしていた。私は思わず笑ってしまう。
「しつこいったらありゃしない」
 優ちゃんは自分を飾る装飾品を外すと、バックを持ったままトイレへ向かった。
「着替えてくるわ。先、席に行ってて」
 私は頷くと、自分の席へ向かった。早朝の新幹線は出張のサラリーマンが多い。私は2人掛の席に着くと、後ろに座っている人に断ってから背もたれを30度倒す。優ちゃんの席も同じようにした。この方が2度手間かからなくていい。
 しばらくすると、優ちゃんが戻ってきた。着替えついでにメイクも落としたようだ。前髪に残った水の雫がきらりと光る。足音に合わせて長い髪が穏やかに波打った。
 黒のジーンズに白のオープンシャツ、皮素材のスニーカー。着ているものは地味なのに、周りの男達は優ちゃんに目を奪われる。単に着飾ったそこいらの女性なんてかすんでしまう。優ちゃんのフェロモンに女性の私でさえくらくらなりそうなのだ。
「どうした?」
 私を見つけた優ちゃんが不思議そうな顔をする。周りが優ちゃんに見とれていた事を話すと、優ちゃんは高貴の笑みを見せた。嫌みがないからさらに気持ちが良い。
「ちょっと寝るから、近くになったら起こして」
 席についた優ちゃんはあっという間に眠りにつく。白くてきめ細かい肌も、きりっとした眉も、まつげが長いのも、私の描く理想の女性だ。優ちゃんの肩によりかかる。優ちゃんのぬくもり。それを肌で感じ取るだけでいい。ささやかな幸せが私を包んだ。
 私は優ちゃんに恋をしている。もちろん、優ちゃんは知らない。優ちゃんにとっての私は初めてできた大切な友達で、全てをさらけ出せる唯一の人間なのだ。私はそれだけで満足だった。叶わぬ恋だと知っているから、その気持ちその信頼を失いたくない。
 気が付くと私も眠ってしまったらしい。車掌に起こされた。周りにいた人達ももういない。降りる駅が終点でよかった。私は優ちゃんの体を揺する。優ちゃんが色っぽい声でうなった。
「ごめん。駅に着いちゃった」
 優ちゃんの目がキッ、と見開いた。
「駅の手前で起こしてって言ったじゃない。心の準備ってものがあるでしょ!」
 ヒステリックな声で怒られてしまった。優ちゃんは身なりを確認し、網棚の荷物を下ろした。そのまま電車を降りようとしていたので、あわてて引き留める。
「優ちゃん、あたま」
 ああ、と優ちゃんはうなずくと髪を引っ張った。ずる。滑り落ちた長い黒髪の下からスポーツ刈りの頭が姿を現した。車掌がぎょっとする。無理ないか。
 優ちゃんはカツラをしまうと、バックを担いで電車を降りた。優ちゃんの後ろ姿。意識的に歩幅を大きくしているのが分かる。ガニ股も久しぶりなのか、ぎこちない。肩の動きから何度も深呼吸しているのが感じ取れる。
 駅の改札口では優ちゃんの父親が「息子」の帰りを待っていた。
「優作」
「親父久しぶり。元気か?」
 親子の会話は思ったより弾んでいる。しかし、話の途中途中、私は何度も優ちゃんと目があった。優ちゃんのうなじのあたりが汗ばんでいる。
 大丈夫、ちゃんと男になっているから。
 私は優ちゃんを安心させようと何度も頷き返した。

(K.Sさん主催 「ほのぼの小説企画」参加作品)

               
top