8 名付けて「ともだち100にん作戦」
文化祭まで数日後と迫った放課後、私たちのクラスではHRの時間を利用して教室を飾りつける花や看板を作っていた。
私は何枚も重ねた花紙を蛇腹に折って中心をホチキスで留める。それを他の女子が紙を扇状に広げて一枚一枚引き出す。形を整えたら愛らしい花の出来上がりだ。女子総勢で作っているので机の上はすぐに沢山の花であふれてしまう。
一方男子は校庭や教室の前に掲げる看板作りに精を出していた。そのほとんどは旧校舎の音楽室に詰めていて、今この教室にいるのはニシと斉藤くんだけだ。彼らは廊下に置く小さな看板に色をつけている。黄色の背景に抜きだした文字を二人は赤と黒のチェックで彩っていた。
頃合いを見て私は動き出す。
「そういえば視聴覚室の遮光カーテン使っていいって担任に言われてたんだ。久実、悪いけど取りに行ってもらっていい?」
「ナノちゃんは?」
「私これが終わったら別の用事頼まれちゃっててさ……ああ、カーテン取るのに男子一人連れて行った方が楽かもよ。できれば背の高い人とか」
「そう?」
久実は看板作りをしている男子二人を見据えた。迷わず背の高いニシを呼ぶ。
「ニシぃ。カーテン取りにいくの手伝ってくれる?」
久実に呼ばれ、ニシが作業の手を止める。二人が揃って教室を離れた。
私は自分の作業に見通しがついた所で斉藤くんに近づく。
「こっち手があいたから手伝うよ」
「おお、助かる」
私はバケツに入っていた筆を取る。指示された場所に赤い線を引いた。少しだけ作業を進めたあとであのさ、と話しかける。
「その、ニシ――くんってどんな感じ?」
「思ったよりも話しやすいヤツだな」
「そう?」
「時々鼻につくことも言うけど、俺らのこと馬鹿にしてるわけじゃなさそうだし。あれは育ちのせいなのかなって。何? ニシのことが気になるの?」
「ううん。そういうわけじゃないけど――この間斉藤くんとは気が合うみたいなこと言ってたから」
それを聞いて斉藤くんが驚いたような声を上げる。身を乗り出してきたので私はこくりと頷いた。
でも気が合うというのは嘘だ。
私はニシの行動にほとほと困っていた。ニシからは友達でもないのに友情を押しつけられ、通っている学校にまで追いかけて――これははっきり言って迷惑だ。
でもニシは私が何を言っても首を縦に振らないだろう。一度手にした「親友」(といってもヤツの思う意味にかなりの語弊があるのだが)を手放すもんかと必死だ。
だったら残る選択肢はひとつ。
ニシの「友達がいない」という弱みを逆に利用することだ。
名付けて「ともだち100にん作戦」である。
この作戦、まずはニシにこの学校で私以外の人間と友達になってもらう。そしてその人間のつてをたどってもらい新たな人間関係を築いてもらうのだ。
友達が沢山できれば私のことなど霞んで見えなくなるに違いない。この作戦を遂行するにあたって、欠かせない要素がクラスメイトの斉藤くんだ。
彼はクラスのムードメーカーで典型的なスポーツ少年。バスケ部所属だけど、時々運動部の助っ人としてあらゆる試合に出ている。運動部の中ではかなり有名で――つまり顔がとても広いのだ。
また彼の性格はとても単純で人情深い。そして常に熱い心を持っている。青春を謳歌するんだというポリシーは時に暑苦しいけど、こういったイベントの際はいい起爆剤になってくれる。普段から面倒見も良い彼はみんなから慕われていた。
斉藤くんがニシの友達――いいや、親友認定されればこれほど嬉しいことはない。彼なら強靭な精神でニシに関わるトラブルを乗り越えてくれるだろう。
だから私はあることないことを彼にめいっぱい吹きこんだ。
「転校してきた自分に良くしてくれてすごい感謝してたよ。斉藤くんは本当に優しいなって。前の学校じゃこんなに面倒見のいい人はいなかったってさ」
「へえ……そうなんだ」
褒められて嬉しいのか、斉藤くんはまんざらでもない顔だ。私はダメ押しの台詞を放つ。
「私もね、二人見てるといいコンビだなーって思えるんだよね。こう言うと語弊があるかもしれないけど運命の出会いっての? 彼は斉藤くんにとって一生の友達になるんじゃないかなーって思うんだけど」
すると斉藤くんの筆がぴたりと止まった。絵の具が段ボールにぽたりとしたたる。体が完全停止したので私はどきりとする。
やっぱり、寒かったかな? 言葉滑った?
そんなことを思ってひやひやしていたらようやく斉藤くんが口を開いた。しかも、いやぁ実は俺も同じことを思っていたんだ、と言ってくるではないか。
しめた、と私は思う。
ちょうどその時、久実とニシがカーテンを抱えて教室に戻ってきた。
「あれ? ナノちゃん今度はそっち?」
「作業終わったからこっち手伝ってた。久実もやる?」
そう言って私は筆を差し出した。久実がそれを受け取り、ニシも自分の作業に戻る。四人で看板を完成させた。
作業の間はニシをスルーして、久実や斉藤くんと他愛のない話をする。たまに斉藤くんの目の動きを注意深く観察した。
斉藤くんは何か喋るたびにニシに同意を求めてる。それにニシが頷くと満足そうに笑っている。明らかに斉藤くんの中でニシという存在が膨れ上がった証拠だ。
よし、このままもっと仲良くなれ。そして芋づる式に友達をもっと作りやがれ。
私は筆を動かしながらこっそり微笑んだ――