6 さてさて、この扉の先には何が出てくることやら
大理石の建物を抜けた私たちは再び林道を歩いていた。世にいうセレブ学園の深層へとすすんでいく。勝手知ったる男は歩きながらここが植物園だとかあっちが天文台だというけれど私は適当に相槌を打つだけだ。特に話すこともなかったし、進んで話したくもなかったので必要以外はずっと口を閉ざしていた。
しばらく歩くと林道の先に古めかしい洋館が現れた。入口には強面顔の生徒が睨みを利かせていたので、私は思わず躊躇してしまう。
「ここは昔『遊技場』として使われていた所だ。今は学園に一定以上の貢献をした生徒だけが入れるようになっているんだが、今日だけ一般の生徒も使えるように開放している」
「ふうん」
一定以上の貢献というのは詰まる所の寄付金ってやつなんだろう。これだから金持ちは――と、私はこっそり毒づく。
さてさて、この扉の先には何が出てくることやら――私は心の中でナレーションを勝手に入れる。仁王立ちしていた生徒たちが扉を開けた。まばゆい光が差し込む。
一番最初に目に飛び込んだのは緑色の盤面だ。
そこには数字の書かれたマス目が記されており、コインが山積みにされていた。隣りでルーレットがからからと回っている。かと思えば隣りの机では一人の男性が慣れた手つきで生徒たちにカードを配っているし。奥の方ではスロットがくるくると回っていた。テレビでしか見たことのないきらびやかさに私は絶句した。
えー……っと。これはどう見てもカジノ、だよね?
「どうだ? これなら生徒も参加しているし、おまえの言う『温度』とはこんな感じか?」
「いや、これは……」
ある意味熱はある、のかもしれない。けどもの凄く違う気がする。つうか高校にカジノ作るのはアリなんですか? 私は頭を抱えたくなった。本当、この学校を運営している人間の顔を一度見てみたいわ。
私は喉まで出かかったもろもろの言葉を必死に飲みこんだ。頭をフル回転させ、場に合った言葉を探す。
「その何と言うか、もっと健全な――体を動かす的なモノ、というか……ねぇ」
「なるほど、スポーツだな。ならこっちだ」
私の意志を汲み取ってるんだかいないんだか。ニシは前へ前へと進んでいく。私がついてくるもんだと思っているのか、一度も振り返りやしない。
フロアの奥までたどりつくと、またひとつ扉が現れた。入口と同様、扉の側にいかつい人達が待っている。彼らの手で観音開きの扉が開かれる。
すると扉の向こう側から紙吹雪が飛んできた。大きな歓声が耳をつんざく。
一体何?
私が紙吹雪を払って中を伺うと、コンサート会場などで見られる階段状の客席が目に飛び込んできた。階下の中央には長方形のコートが二つあって、端に赤いフラグが立ててあった。
コートの周辺は所々に赤い染みがついていて不揃いの水玉模様になっている。
「おお、なかなか盛況じゃないか」
満員御礼の場内にニシは満足そうな表情を浮かべた。
「これは何?」
「見ての通り、ビーチフラッグだ。これは生徒も参加できるし観客も勝者を予想して賭けを楽しめる」
「ふうん」
ヤツの話によると五人一組のチーム対抗戦で行われるらしい。
フラグ取りに参加するのはチーム五人のうちの一名で連続でも交代でも構わない。残りの三人は敵のランナー(フラグを取る人)をトマトを投げて妨害する役に回る。トマトに当たることなくフラグを取れば百ポイント獲得だが、トマトに当たった場合は一個あたり十ポイントのマイナスとなる。つまりフラグを取っても十回トマトに当たればポイントはゼロということだ。
投げるトマトの数は特に決められておらず、勝負が決まるまでなら幾つでも投げていいらしい。試合は五回勝負で同点の場合はサドンデスとなる。
「今手前でやっているのは決勝で奥は最下位戦だな。両方ともサドンデスに入ったらしい」
ニシはフロアに掲げられた電光掲示板を見ながら状況を私に説明してくれた。
ホイッスルとともに手前のランナー二人がスタートする。トマトを投げる方は一生懸命だが、走る方が早くて追いつかない。両者肩を並べたままフラグに飛び込む。勝敗が決まった瞬間、悲鳴にも近い歓声が広がった。再び舞う紙吹雪。選手と観客が一体感となった会場がヒートアップする。雰囲気に酔ったのか、私の頬も紅潮した。
「どうだこれは? おまえの眼鏡にかなうか?」
「まぁ……これまでの中で一番マシっちゃマシ、かな?」
「そうだろうそうだろう」
ようやく出た及第点にニシは満足げに笑った。
「他の出し物と比べられたら困る。何を隠そう、これを考案したのは俺だからな」
「へぇ」
「これは他のどの出し物よりもスリリングで面白い。そして盛り上がる。最初におまえを見た時、このゲームに参加するのが一番ふさわしいと思ったのだが――やってみる気はないか?」
その誘いに私は遠慮します、と即答した。確かに発想は面白いと思う。でも詰めが甘い。
ぶつけるのが水風船ならともかく何故トマト? そりゃどこかの国にはトマト投げる祭りがあるけど、私が住んでいるのは勿体ない精神が未だ生きている国だ。何だか食材を無駄にしているようであまりいい気分じゃない。だいたい当たったら制服がシミになっちゃうじゃないか。あ、でもこの学園の人達は「制服が汚れたならドレスを着ればいいでしょ」的な考えだろうから、そんな小さなことはどうでもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら私は試合をぼんやりと眺めていたけれど――とある一点に焦点が定まる。奥のコートでトマトにまみれになった生徒を見つけた。
生徒? でも来ている服が違う。でも見覚えのある顔だ。
「久実っ!」
私は思わず声を上げる。でもそれは周りの声にすぐかき消された。
「ちょ、何で久実があんな所にいるのよ」
私はニシに久実の居場所を指で示した。ニシはああ、あれかとのんびり口調で答える。
「『奴ら』最初はポーカーの相手が欲しいって言ってたからくれてやったんだが――飽きて今度はこっちに来たのか」
「何それ。下品なことはしないって言わなかったっけ?」
「それは俺の尺で言ったまでのことだ。それにおまえには関係ないことだろ?」
「――何言ってんの?」
「おまえは俺の招待状をあの女に譲渡した。その時点でおまえはあの女を自分の身代りにした。そうじゃないのか?」
ニシはそれが当たり前だと言わんばかりに声を上げる。私ははああっ? と声を半音上げた。そんなことするわけないでしょうが、と全力で否定する。
そりゃ、ここに来たくなかったから久実にあげたわよ。けど私は行きたい人が行って楽しめばって考えで渡したんだ。そんな身代わりとかで行かせたわけじゃない!
「今すぐ止めさせなさいよ! あんたが考えたゲームなんでしょ?」
「考案者の俺でもそれは無理だ」
「何で!」
「――おまえがどういう意図であの女に譲渡したかは知らんが、この学園で『身代わり』とは主の奴隷であり相手に何をされても仕方ないという意味合いを持っている。今更違うと言ってもこの学園の中では通用しない」
「そんな」
私は唇を噛む。そうこうしている間にも次のゲームは始まってしまった。
久実がフラグを目指して走り出す。もう何本走らされたのか、足がふらふらだ。何故か相手チームのランナーは一歩も動かない。そして同じチームの味方が久実にトマトをぶつけている。
何故? 不公平な勝負に私は疑問を投げかける。答えはトマトを投げている奴らの後ろにいる女が持っていた。女は久実と同じチームらしいが敵味方に構わずどんどん投げろと命令している。わざとサドンデスに持ちこんでいるんだ。
久実が床に転ぶとパンツ見えてるぞ、とどこからか野次が飛んだ。味方のはずの女に柄を言いあてられ、久実が慌ててスカートで隠す。それを聞いた周りがどっと笑う。彼らの表情は恍惚で満ちていた。女のあざ笑いが怒りを呼ぶ。久実の泣き顔が私の心を揺さぶった。
ここにいる全員が異常としか思えない。これは完全なイジメじゃないか!
私は踵を返した。一番近くの階段を降りようとする。
「どこに行く?」
「アンタがやらないなら私が止めてくるの!」
「それは構わないが公務執行妨害とテロの疑いで警察に突き出されるのがオチだな」
「それで親友が助かるなら御の字よ。警察でも何でも呼べばいいじゃない!」
私の啖呵にヤツは目を丸くした。そのあと一瞬真面目な顔をしたと思ったら、急に笑い出す。
「面倒事に自らすすんでいくとは。おまえは本当に面白いヤツだな」
「何? それって見下してる?」
「これは褒め言葉だ」
ニシはそう言って笑いを噛みしめる。そんな無駄をしなくてもおまえ次第であの女は助かるというのに、と続けた。その一言に今度は私が目を見開く番だ。
「もともとあの女はおまえの身代わりなんだろ? 別におまえが出ても不自然じゃないということだ」
どうする? とヤツが問う。
「黙って学園のルールに従うか、それとも友達面して正義のヒーローでも気取るか?」
そんな皮肉めいた台詞に答える必要はない。私は無視を決め込むと下へ降りる階段へまっすぐ向かった。