NOVELTOP

ヒガシの「ハレ」はニシの「ケ」(出会い編)


4 「人質にされた親友を取り返しに来た人間ですが、何か?」

 ニシの目的はあくまでも私だ。私がヤツとの約束を果たしさえすれば久実は助かるかもしれない。
 私はベッドから降りると壁に吊るしてあった制服をそのまま着こんだ。簡単に身支度を整え電話から三十分も経たずに家を出る。太陽の日差しがまぶしくて一瞬目がくらんだ。
 暁学園は私の通う高校の二つ前の駅が最寄りだ。
 私は電車に乗り込む。普段降りない駅の改札をいっきに抜ける。そこから先の道は分からなかったので、私は交番を訪ねだいたいの場所を聞きルートを確認した。あとは携帯の地図ナビを頼った。最悪タクシーを使おうかと思ったけど、徒歩で行けそうだ。
 この間の住宅地とは違う、いかにも高そうな家の並びを通り抜けると、塀が私を迎える。私の背の三倍はあろう塀の上には鉄線が張り巡らされていた。刑務所の前の道を歩いているような物重しさが私にのしかかる。
 角を曲がり、塀沿いの道を三分の一ほど歩くと重厚な門扉が私を迎えた。門柱に暁学園の看板が掲げられている。門扉は塀と同じ高さの壁にも等しく、外から中の建物を見ることはできない。壁の頂上を見上げると、監視カメラらしきものが確認できた。
 勢いでここまできちゃったけど――さてどうしよう?
 一度久実の携帯に連絡を入れた方がいいのかしら?  私がどうしようか悩んでいると、モーター音のような響きを耳にした。頭上の監視カメラが私の顔を認識したのだろう。
 重い扉がゆっくりと開かれる。私の視界に広がったのは広大な針葉樹の並びと砂利道。どこかの避暑地を思い起こさせるような林道が私を迎える。私は一度息を吸い込むと、握っていた拳に力を込めた。
 一歩二歩と学園の敷地に踏み入る。今日は文化祭だと聞いていたのに、それらしきモニュメントやアーチは一切なく、人の声すら届かない。
 聞こえるのは私が砂利を踏む音と枝に止まっている雀の鳴き声だけ。恐ろしいほど静かな学園内に私はごくりと唾をのみこむ。
 まさか、この間みたいに無人ってことはないよね?
 私は一抹の不安を抱えながら、奥へ奥へと進む。緑のトンネルを百メートルほど歩くと、林道は終点を迎えた。まばゆい光が差し込む。
 最初に目に飛び込んだのは乳白色の輝きだった。エントランスや廊下に立てられた柱や窓に装飾された模様は美しい。突然中世のヨーロッパに飛ばされた気分になった私は口をぽっかりとあけてしまった。
 ゆっくりと建物に近づき、壁に手を触れてみる。
 これ、レンガじゃなくて大理石っぽいんですけど。つうかどんだけ金かかってんだ?
 目の前に佇む建物に私はただただ圧倒される。だが、そんな浮ついた気持ちは早々に打ち消された。入口でニシが仁王立ちしている姿を見つけたからだ。
「遅い」
 ニシはしごく不機嫌そうな顔で私を迎える。
「こんなにも俺を待たせたヤツは生まれて初めてだ。おまえは何様だ」
「人質にされた親友を取り返しに来た人間ですが、何か?」
 歯に着せぬ私の返答にニシの頬がぴくりと上がる。
「俺がいつ誘拐まがいのことをした! だいたいおまえが約束を守らないのが悪いからで」
「名も言わない男の誘いに乗るほどバカな人間じゃありません」
「何だと!」
「とにかく、アンタの望みは叶えたんだから久実を返してよ。これは最大限の譲歩よ」
 私は話をいっきに畳んだ。ここで揉めても時間の無駄。私は目の前の俺様を適当にあしらって久実を連れて帰ろうとする。そのはずだったのだけど――
「無理だな」
 ニシはあっさりとそれを反故にした。
「な、無理ってどういうことよ」
「俺にはどうしようもないってことだ。おまえが来るってわかった以上、あの女はもうどうでもいい存在だったんだが――『奴ら』がそれを許すかどうか」
「奴ら?」
 私はいぶかしげにニシを見上げた。
 奴らって何よ。この間みたいに白昼堂々銃ぶっ放す奴らとか?
「ちょっと。あんたら久実に何かしたとか?」
「ここは由緒ある暁学園だ。おまえが想像するような下品なことはしない」
「だったら!」
「まぁ焦るな。まずは学園の中を案内してやろう」
 そう言ってニシはにやりと笑った。

NOVELTOP