きっと、これが幸せ




 夜が明ける前に私は目を覚ました。
 最近は時計のアラームがなくてもこの時間になると目が開く。空も薄暗いこの時間、私は体を半回転し隣りにいる子どもの寝顔を眺めた。静かな寝息を聞くと、自然と口元から笑みがこぼれる。布団の海から子供の手をすくい、両手でそっと包み込んだ。小さな体から熱いものが伝わる。
 初めて子供と手を繋いだ時、体温の高さに私は驚いた。最初は熱でもあるのかと慌てたけど、子供の平熱は大人のそれよりも高いのだと聞いてほっとした――そんな記憶はまだ新しい。
 押し寄せてくる波は温かくて、少しくすぐったくて、でもとても心地よい。空っぽだった心に優しさが満ちていく。きっと、これが幸せというものなんだろう。
 このまま、ここに留まれたらいいのに――私は思う。けど私は立ち上がらなければならなかった。愛しき人の夢を守るため、私は現実を背負う。私は行かなければならない。あの喧騒とした森の中へ。
 私は簡単に食事を済ませ身支度を整える。すると寝室の扉が開いた。ベッドから起きた子供が私の所へ向かった。足にすりよる。
「もう行っちゃうの?」
 無垢な瞳に射ぬかれ、私は困ってしまった。今にも泣きそうな、そんな顔をされたら、せっかくの決心も揺れてしまう。
 私は子供の頭をそっとなでた。
「帰ってきたらまた一緒に遊ぼう」
「本当に? 約束だよ」
 私は小指を絡ませ、誓った。そのあとでぎゅうと抱きしめる。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
 あどけない微笑みを背に私は外へ飛び出した。
 まだ日は昇ったばかり。湿った大地に風が吹き抜ける。その爽やかさに季節の変わり目を感じた。
「じゃ、今日もふんばりますか」
 私はぐるんと腕をまわすと、駅に向かう道を歩き始めた。