轢き逃げ




 車で走らせていると、道路のまん中に蛇がいた。
 その夜は霧が濃いせいで気づくのが遅かった俺はその上を素通りする。
 助手席にいた佐々木があっと叫んだ。
 ぶちり、と潰れる音。
 俺はスピードを保持したまま舌打ちする。
「轢いちまったか?」
「わっかんねぇ。最初から死んでたかもしれないし。つーか、俺の車汚れちまったし。ついてねぇ」
「それにしてもでかかったよな、あの蛇」
 佐々木の言葉に俺はこの辺に蛇の名をもじった池があったことを思い出した。
 池には大蛇が住んでいて、地元の住民はそいつをヌシと呼んでいた。
 昔は洪水のたびにそいつのせいだと恐れ崇めたとか。生贄を差し出したとか。
「もしかして、池のヌシ轢いちゃったとかないよな?」
「あんなの昔話だって。この辺に出るのはマムシかアオダイショウぐらいだろ」
「そうだけどさぁ」
 佐々木は言葉をすぼめた。こいつは昔からそういうのに対して信心深い。
「呪いとか……ないよな」
「まさか」
 俺はけらけらと笑った。
 車はうねる坂を登る。トンネルを超えると霧は更に濃さを増した。
 佐々木が次の缶ビールに手を伸ばす。臆病風を吹かせたのか、ピッチが異常な位早かった。
 ――しばらくして、佐々木が短い悲鳴をあげる。
「どうした?」
「うっ、後ろ……」
 俺はバックミラー越しに後ろを確認する。もちろんそこには誰もいない。
「何だよ、俺を脅かそうって魂胆か?」
「ちが――ぐけふっ!」
「おいおい、俺の車にゲロすんなよ」
 俺は顔をしかめるが佐々木からの返事はない。
 俺は車を止め、助手席を見た。
 佐々木はビールを持ったままぐったりとしていた。
 目は見開き、舌はありえない位出ている。
 ひと目で死んでいると分かった。
 でも一体何故?
 俺は再び佐々木を伺う。
 首に何かで絞められたような跡があった。描かれた蛇模様に俺はぎくりとする。 「嘘、だろ?」
 やがて首にひんやりとしたものを感じた。
 悪寒が走る。
 ぬるりとうごめくそれは長い体をくねらせ、俺の頬をぺろりと舐めた。