少女の災厄




 その日の放課後、私が一連の作業を終えて教室に戻ると、川上君がいた。
「顔色悪そうだけど、大丈夫?」
 私の前に川上君の手がかざされる。
「汗が出てる。熱は?」
 ただでさえ憧れの人の前では固まるというのに――額に手を当てられたことで私は熱どころか動悸まで上昇してしまう。
 やばい、嬉しすぎる。
 でもこのままでは確実に「来る!」
 私は川上君から離れた。ごめんなさい、と一言謝ってその場を去る。
 廊下を全速力で走るとすぐに「その時」は来た。
 真っ直ぐ行って左側にトイレがある。私は迷わずそこに飛び込んだ。誰もいない洗面所にうっつぷす。シンクの栓をしてから水道を全開にした。
 怒涛のように落ちる洪水音を盾に私は嘔吐した。どろりとしたものが落ちてくる。その大きさに何度もむせると、目から珠玉がこぼれる。私はその場にしゃがみこんだ。
 深い呼吸を何度か繰り返し、心を落ち着けてから再び立ち上がって水道の栓を閉じた。
 シンクの中を改めて見る。足のない物体は餌をくれと口をぱくぱくさせていた。立派な尾びれに光る鱗、見事な紅色に私はげんなりとした。
 嗚呼、今までは金魚程度で済んだのに。
 何でこんなデカイのが。
 恋だけに鯉なのか?
 だとしたら本当洒落にならん。
「おいこら! 黙ってないで何とか言いなさいよ!」
 私は自分の中にいる神とやらに暴言を吐く。もちろん返事は返って来ない。
 私は泣きたくなった。
 何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!
 ――【八百万の神対策委員会】によると、今年の春から私に食物神が憑いたらしい。
 食物神とは食べ物の神のこと。とり憑いた理由は謎だが、今彼女の体質が私にシンクロしている。
 神話によると食物神は月読命をもてなすため、山に向かって獣を吐き、海に向かって魚を吐き、さあどうぞと差し出した。そしたらこんな物食えるかと月読命に斬られたらしい。その後食物神の死体からは五穀が湧いてきたとかなんとか。
 つうか、神様ならもっとスマートなやり方でもてなせっての!
 私は今、喜怒哀楽どの感情がきても吐き気をもよおすようになっている。喜の時は特に酷い。他の感情の二倍増しでくるからたまったもんじゃない。
 私は今にも床に落ちそうな鯉を見た。いつものように校庭の池に離してもいいのだが、あの池も住人が増え続けてそろそろ限界だ。もっと別の場所を探さないと。
 とりあえず、入れ物だよね。
 私は小さな水たまりにいる鯉を救出すべく、バケツを探した。